新技術を生みだす国研・大学の挑戦

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  • サイズ B6判/ページ数 226p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784526048913
  • NDC分類 407
  • Cコード C3050

出版社内容情報

は じ め に
 二〇世紀末から始まったIT革命は、二一世紀に入ってますますそのテンポをあげようとしている。またヒトの全遺伝子解読プロジェクトの終了を受けたポストゲノム研究、言い換えればゲノムをベースとしたニューバイオテクノロジーの急速な台頭、分子原子レベルでの超微細加工技術を目指した物質・材料技術であるナノテクノロジーに代表される次世代ハイテクへの取り組みなどが示すように、科学技術の機軸が様変わりしつつある。ハイテクが一国の産業競争力、経済力を大きく変える現代社会にあって、次世代ハイテク戦略は国家の最大の戦略となろうとしている。
 しかし、ナノテクノロジーを除けば、日本はこれらハイテク分野で大きく立ち後れている。二〇世紀の最後の一〇年間に表面化した社会経済システムの後進性と合わせ、新世紀早々から、技術面でも国際競争力低下が懸念されるに至った。一部の経済専門家からは、日本は十数年後には経済大国から脱落するとさえ指摘されている程である。そのためにもIT革命に対応した社会システムの革新とともに、科学技術政策の立て直しが焦眉の課題となっている。
 情報技術(IT)では、しばしば“ドッグ・イヤー”という言葉が使われる。社会進歩のスピードがひと昔前と比べ大幅に早まり、人間の寿命の五分の一といわれる犬のライフサイクル並みの短い時間で急激に変わっている。すなわち、いまの一年間に起きる社会経済の変化が、ひと昔前の五年間の変化に相当するということで、IT革命が何をもたらすかを端的に説明する適切なかつ便利な言葉だ。
 しかし今日、ドッグ・イヤーは、ITの対象領域だけでなく、社会全体の趨勢となっている。経済や社会の仕組みだけでなく、学術分野でさえ研究ツールとしてのITなどの進歩により急速に変わっており、その展開に追いつけない恐れさえ生じてきた。コンピューターサイエンスや環境工学、人間工学など科学技術の分野から社会科学、人文科学へと広がりを見せる分野だけでなく、金融工学のように社会科学などの分野から科学技術へと展開する学問分野が誕生し、自然科学、工学、人文・社会科学などの研究者が渾然一体となった研究の必要性が増しているだけでなく、こうした学際領域を切り開くことなしに新たな経済社会システムを構築できないことが明らかになっている。

「二一世紀初頭の五年間に二四兆円を投資」
 日本政府は、二〇〇一年度からの五年間を対象に、研究開発体制の再構築や人材育成などを盛り込んだ第二期科学技術基本計画を策定した。特筆されるのは、厳しい財政事情にもかかわらず、総額約二四兆円を投入する計画を打ち出したことであり、これは第一期基本計画の約一七兆円と比べ四〇パーセント強の伸びになる。新時代を切り開くために、新たな科学技術のフロンティアが欠かせないことへの認識を示すものである。
 一方、二〇〇一年度からは研究開発環境も大きく変化する。まず、政策決定面では、科学技術政策の最高決定機関である科学技術会議が、科学技術だけでなく社会科学、人文科学を含めた総合調整を行う総合科学技術会議へ衣更えして、科学技術・学術研究全体を見渡した方針決定を行うようになった。同会議は産学官の有識者七人の議員と、学術機関を代表して日本学術会議会長、また政府側から科学技術担当相、研究開発部門と関わりの深い総務、文部科学、経済産業の三省と、研究開発予算を所管する財務省の各閣僚が議員となっている。有識者には人文・社会科学系からも起用されており、こうした位置づけとメンバー構成は、これまで比較的固定されていた学問領域の境界が曖昧になっていることへの対応という含みが大きな要素となった。
 また国の研究開発を統括してきた科学技術庁と文部省が、二〇〇一年一月に行政改革の一環として統合され、新たに文部科学省が誕生したことも注目されよう。科学技術庁が所管する国研と文部省傘下におかれた大学とに大きく分かれていた日本の基礎研究が、統合の結果一体的な政策の下で展開される体制が整備されることでもある。
 さらに実際の研究現場でも大きく体制が変化する。二〇〇一年四月には国研が独立行政法人に移行、その後、特殊法人となっている理化学研究所や日本原子力研究所などの研究開発機関、次いで国立大学の追随も見込まれている。
 その結果、研究開発の推進に当たって、研究評価・機関評価の充実などマネジメント面でも新しい動きが具体化する。また、第二期基本計画では、膨大な科学技術投資との兼ね合いで、研究開発の効率化や成果の社会への還元も問われる。その一方、民間企業では難しい基礎研究分野では、国立試験研究機関や大学の役割がますます高まるという側面も無視できない。独法化や成果の社会還元が近視眼的な視点からの研究管理となれば、日本の基礎研究への打撃は計り知れない。
 総合科技会議と文部科学省の誕生は、こうした大きな時代の変化に適切に対応するための条件整備でもある。現場の研究者だけでなく、研究機関の運営に当たる管理者、科学技術行政をあずかる行政機関全体が、競争と協調という国際社会のルールを踏まえ、豊かさを維持できる社会実現へ新世紀の研究開発をリードするために努めることが期待されている。

「ネットワークが大企業も揺るがす」
 もうひとつ見落とせないのは、産学官の関係が変わろうとしていることだ。科学技術や生産技術の革新により、基礎研究から応用開発までの時間が短くなっているだけでなく、ベンチャー企業を核とした産学官連携による新産業創出が社会経済システムの変革すらもたらし始めている。既存の重厚長大型組織の多くが、内部調整などによる意思決定までの手続きの煩雑さなどで膨大なエネルギーを使い果たし、ドッグ・イヤーに対応できずにいる。その間にベンチャー企業が新分野を作り出し、大企業の既得市場さえ奪いはじめている。
 とくにIT革命が生みだしたネットワークが大企業の優位性を揺るがしている。これまでは新規に事業を興す場合、組織、場所、資金などが欠かせない条件となってきたが、ITが作り出したネット上での協業(コラボレーション)を通じた組織化、電子商取引(EC)などを利用した仮想空間の提供などで、必ずしも絶対的な条件ではなくなりつつある。すぐれた技術、ビジネスモデルの提供さえあれば、市場で資金を集めて事業展開することも難しいとはいえない時代となった。
 これまでわが国では、研究成果の社会還元が十分とはいえないといわれてきた。その原因を探ってみると、研究成果が不十分ということもないではないが、少なからぬ点で国の制度や企業の仕組みなどが壁になっている。第二期基本計画では、国研研究者の一時休職によるベンチャービジネス創出、国有特許の開放・提供などこうした面からの改善も図られることになっている。
 一方、さまざまな問題点を克服し、成果が社会で生かされているものも少なくない。それを探ると、それぞれ社会ニーズや民間企業の熱心な取り組み、研究者の実用への飽くなき関心と努力などさまざまな要因が見え隠れする。これを仔細に点検することは、研究に求められる社会貢献への道筋を明らかにすることにもなるはずだ。そこで国立試験研究機関や大学で生まれた研究成果や技術を取り上げ、実用化に至る研究の背景や関係者の動きを通して、科学技術とは何か、求められる社会貢献とは何かに迫りたい。
 ここで取り上げるのは、国研や大学が生みだしたもののうち、比較的身近な分野で利用されているもので、ごく一例に過ぎない。ほかにも取り上げたいテーマも数多くあったが、取材能力や時間の関係で関係者の協力を得て情報を収集、知的基盤やインフラに関係する技術、環境科学技術、生活科学技術、基礎・基盤研究などを中心に、国研、大学、法人研究機関などの成果の中から独断で選んだ。先端科学技術領域が少ないのは、成果が具体的になっているとは言い難いこと、本書の狙いが社会還元における研究者の意識や企業サイドの取り組み方にあてられたことなどが理由である。
 また、知的基盤など社会のインフラに関する技術を重視した。それはこの分野が民間ではなしえない領域であり、成果の社会還元という意味では大きな役割を果たす一方、先端科学技術という点ではやや地味な色彩を持っているため、国研の独立行政法人化という流れの中で正当に評価されるか懸念もあるからである。しかも、研究者自身や研究機関のマネジメント層にも先端研究志向が強いこともあり、かねてからデータベース作成や知的基盤・インフラ提供業務に対する評価が高いとはいえないのが実状だ。そのこともあり、インフラ技術については、とくに意識的に取り上げた。
 二〇〇二年一月 藤本 暸一



はじめに  i

目次

変革の時代を迎え、意識改革を迫られる研究者―二一世紀初頭の科学技術政策の課題、井村裕夫・総合科学技術会議議員に聞く
一家に一台、電波時計を―通信総合研究所
スズメバチのスタミナ、VAAM―理化学研究所
田植機が日本の農村を変えた―農業研究センター
ダイヤ薄膜、X物体の壁を乗り越えた―物質・材料研究機構
DHA、脳の活性化効果で世界が注目―食品総合研究所
トロン、「亜細亜」発の世界標準目指す―東京大学坂村研究室
体のサイズの標準化―使いやすさへの挑戦―産業技術総合研究所
“揺れる日本”の地震研究―防災科学技術研究所
海洋深層水は海洋民族の知恵―海洋科学技術センター〔ほか〕

著者等紹介

藤本暸一[フジモトリョウイチ]
1945年生まれ。1969年、早稲田大学理工学部(応用化学科)卒業後、日刊工業新聞社入社。科学技術部、政経部記者、科学技術部次長、第一産業部編集委員を経て、2000年から科学技術部編集委員。その間、ハイテク、科学技術政策、エネルギー政策、環境政策、通商産業政策、情報産業などの取材に従事。現在は科学技術の成果還元と技術評価に注目している。著作に「超伝導最前線」(共著)、「ISO労働安全衛生マネジメント規格」(共著)など。ニューサービス産業調査研究委員会、快適性評価の標準化調査研究委員会、環境管理規格審議委員会環境管理システム小委員会、OHSAS18000シリーズ翻訳委員会などの委員を経験。現在は、国の技術評価にかかわり、産業構造審議会技術評価小委員会臨時委員、新エネルギー・産業技術総合開発機構技術評価委員会専門委員を務めるとともに、日本LCAフォーラム幹事、早稲田応用化学会理事・編集委員長、早稲田大学材研フォーラム理事・編集委員長。化学工学会、ライフサポート学会に所属
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