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ちくま学芸文庫
作者の図像学

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  • サイズ 文庫判/ページ数 206p/高さ 15cm
  • 商品コード 9784480091765
  • NDC分類 720.4
  • Cコード C0110

内容説明

たしかに作者は昨日死んだのだ。しかしそれならば、肖像の向こう側からこちらを見つめているのは誰なのか。それは作品の特異な潜在力であり、作者ではなく作者のイメージなのである。作品にとりついた幽霊のような作者のイメージ、その眼差しは、作者の「死後の生」がその「生前の死」でもあること、「作者の死」が今なお進行中の、永遠に清算不可能な、つねに到来する出来事でありつづけていることを示している。現代思想の旗手が、ゲーテ、バルザック、フローベール、プルースト、ボルヘス、川端康成…など、十五枚の肖像をめぐって展開する作者のイコノグラフィー。

目次

作者自身の肖像
十四の肖像(作者の幽霊;写真、シャク蛾;幼年期;「“言葉”の深い統一」;いらだつエクリチュール;移行;書斎の中の仮面;不安定な均衡;銘=登録なきエクリチュール;ジャンルのパロディ ほか)

著者等紹介

ナンシー,ジャン=リュック[ナンシー,ジャンリュック][Nancy,Jean‐Luc]
1940年生まれ。ストラスブール大学名誉教授。「共同性」を起点に、思想・宗教・芸術を縦横に論じる

フェラーリ,フェデリコ[フェラーリ,フェデリコ][Ferrari,Federico]
1969年生まれ。イタリアの哲学者・美学者

林好雄[ハヤシヨシオ]
1952年生まれ。東京大学仏文科卒業。駿河台大学教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

ラウリスタ~

9
うすい本なのだけれども、なにを言っているのか付いていくのが大変。哲学書というには話題があっちこっちとんで一貫性に欠けるし、文学作品にしては、うーん。数十人の作家の肖像も収められており、その絵、写真をもとにいろいろ書いたり。ちょこっと示唆するだけでなんにも説明しない奇妙な文章なので一般の日本人読者には難しいと判断してか、丁寧すぎるほどに充実した訳注がつけられている。2014/01/17

Koki Miyachi

7
なかなかに難解。作者の肖像から展開される十四の論考は、幅広くユーモアがあり、多分に示唆に富んでいた。ここから想起されるイメージが、じんわりと脳髄を刺激してくれる。2013/09/03

きつね

4
川端が載っててビックリ⊂((・x・))⊃ 読んでて「えー、その作者に対してそのコメントは無神経じゃね?」(たとえばボーヴォワール)と思わされることが何度かあったが、たぶんわざとやってるんだろう。彼らの作家への視線が異化されるとき、読者は自分の視線に気づき、そのいずれをも嗤う作者の肖像に眼差し返されていることに気付くほかないのだから。膨大な訳注は引用文集のていをなしており、読み応えがある。2012/10/22

しかいう

1
「作者でなく読者が死ぬべきであった」と言う呪いの言葉が二十世紀の諸家を悩ませていた。使うのはいつもの手。バルトも写真については随分書いているし、センテンスにしてもニーチェ由来だ。ハイデガーもゴッホの図像学をやった事があったっけ?作者が実在する以上主体は霊感の器であり、遡行的に創造されるにしても、それこそ特異点であり、彼お得意の方法によって<触れ>られるのだ。かくして浪漫主義的批評の固有性が再描出される。それが複数あろうと同じ事だ。確かに作者を殺したのは俺たちだ、しかし常に死ぬべき人間こそが生き得るのだ。2013/07/15

おこめ

1
訳注に80p以上割いている。抽象的な言葉で、ときに文学的に(特に後半)語られる上、哲学的知識を背景としてもっていないと難しい部分も多い。訳注が補助線として役立った。テクスト内部にイメージとして想定される作者、それは作品のサンギュリエを形象化したもの。 また、作者は作品から演繹されたものであり、可能態の状態にある力を現働化するための手段。テクストを読むということは、言葉に像(容貌)を与えること。テクストの背後にあるものの再現表象への好奇心が、自己記述的なエクリチュールの筆致から直に読書欲求に繋がる。 2008/12/25

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