内容説明
代表作の一つ「かわいい女」を初め最も円熟した晩年の名作十九篇を収める。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ぺったらぺたら子
25
こうして発表順に読んでいくと、殆ど全ての作品が『犬を連れた奥さん』という頂点を目指す足掛かりであるのが解る。たださらっと読めてしまうあの短い小説に潜む、現実を引き裂く楔や、揺らぎ続ける視点、様々な仕掛け、省略され切り詰められた文章の向こう側を読みとれば、一歩進む毎に次々と花が咲き、最後には満開の花畑に放置される極楽へと誘われる。何度読んでもその微妙な匙加減と配列が生み出す妙味の仕組みは解らない。そしてこれは、一対の神が、閉じ行く世界をふたたび開こうとしているという再創世神話をミニマムに描いたものでもある。2021/01/29
ぺったらぺたら子
24
『谷間』再読。最高傑作の一つとも言われているが、何しろ辛く悲しくて、かなり未消化だった。ナボコフの講義を思い出しつつ読むと、漸く染み込むようにその魅力に酔えた。圧倒的な深みのある傑作。著者の黄金パターンの一つに、理不尽な辛い目に遭ってそのままなすすべもなく何の救いもなく終了、というものがあるが、その最終形。ここではそれが明るさと爽やかさにまで到達している。そして人間は自然と切り離された存在ではなく、常に呼応し、その一部として息づいている、というその姿が描かれている。信仰を停止した所に再び現れる敬虔な何か。2020/06/07
ぺったらぺたら子
18
『かわいい女』のみ。多義性を生む技巧の極み。全人物を皮肉な眼で眺め、しかも嘲笑では無く、全てにやわらかな愛を注いでいる。その眼が読者をも見ている様。材木に夢中になり、夢まで見てしまう所なぞは充分知っていても笑ってしまうし、「島とは陸地の一部で、四方を水に囲まれたものをいう」という部分に至っては、感動的でさえある。今回気付いたのは、これはあるタイプの女性を活写したものというだけではなく、人がイデオロギーへ傾く仕組みを皮肉る視点が深層にあるのではないのかという事。そう、しっかり本の向こうで彼は私達を見ている。2020/01/09