死を受け入れること―生と死をめぐる対話

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死を受け入れること―生と死をめぐる対話

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  • サイズ 46判/ページ数 192p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784396617301
  • NDC分類 490.4
  • Cコード C0095

内容説明

よく生き、よく死ぬために。3000体の死体を観察してきた解剖学者と400人以上を看取ってきた訪問診療医。死と向き合ってきた二人が、いま、遺したい「死」の講義。

目次

第1章 「死ぬ」とはどういうことですか?(在宅死が当たり前ではなくなった;死んだら人間ではなくなるのか?;自分の「死」について考えますか?;インタビュー 養老孟司)
第2章 解剖学者と外科医はどんな仕事ですか?(解剖学者、外科医としてやってきたこと;臨床医にならなかった理由;インタビュー 小堀〓一郎)
第3章 「東大医学部」ってどんなところでしたか?(二人が同じ「東大医学部」を目指した理由とは?;教授選…出世競争は大変でしたか?)
第4章 これからの日本はどうなりますか?(自殺、終末期医療…死をめぐるさまざまな問題;「老い」とはどういうことですか?;医者の仕事って何だろう?)

著者等紹介

小堀〓一郎[コボリオウイチロウ]
1938年、東京都生まれ。東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院第一外科、国立国際医療センター(現国立国際医療研究センター)に外科医として勤務した後、埼玉県新座市の堀ノ内病院に赴任。訪問診療医として400人以上の看取りに関わる。祖父は森〓外

養老孟司[ヨウロウタケシ]
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。解剖学者。1962年、東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1995年、東京大学医学部教授を退官し、現在、東京大学名誉教授。『バカの壁』(新潮新書)は440万部を超えるベストセラーに。著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

trazom

74
同じ時代に東大医学部に学んだ外科医と解剖学者の対談。食道外科の専門医を経て、訪問診療医として「生かすための医療から、命を終えるための医療」を目指されている小堀先生。3000体の死体を解剖し、多くの遺体と遺族を通じて「死は常に二人称」と悟られた養老先生。対談の途中、若き頃の大学受験や医学部の教授選など、82歳同士の懐かしい昔話が続くのはご愛嬌だが、人間は死亡率100%であることを認識し「気がついたら死んでいた」を理想とするお二人の境地は、「死こそ常態 生はいとしき蜃気楼」(茨木のり子)の如く虚静恬淡である。2020/08/17

Take@磨穿鉄靴

47
養老氏と引退した元外科医の小堀氏による対談。養老氏はゲストのようだがお互い良い意味でマイペースに語られていた。養老氏の昆虫への関心は何処からくるのか改めて興味深いと感じた。在宅での看取りについては今のところそれが理想と感じるけど実際はどうなのかな。そもそもこちらが選択出来るだけの知識、経済力があるのかもまだ分からない。分からないならまだ考えても仕方ないから今やりたいことに注力しておこう。★★★☆☆2023/08/14

Twakiz

40
東大医学部卒のおそらくとんでもなく頭の良い、現在85歳のお二人の対談やインタビュー本。死について結局は「考えても仕方ない」「人間の死亡率は100%」という達観でありどうやって死への恐怖感に対峙するかという内容ではなかった。一人称(自分)の死は客観視できず、三人称(遠く知らない誰かの死)は他人事、二人称の死(近い誰か、あなたの死)だけが実感できる死、という指摘には納得。二人称で「だんだん死んでいく」(徐々に喪失に納得していく)ことも。「死こそ常態 生はいとしき蜃気楼」。やりたいことをして生き、そして逝く。2023/12/09

ハチ

25
私事だが、第2児、3児の双子が生まれた日の午後に読了。誕生の日に、『死』を受け入れるだなんてアンビバレントな読書となったが、2人の巨人の対談の中の死は、生きるための逆照射でメラメラと毎日の生活や人生を生きるんだよ、という力強いメッセージと、深海の底から静かに見つめるような心に響く沈殿物で満たされていた。2020/08/05

スリカータ

23
養老先生目当てで読みましたが、小堀先生は森鴎外の孫であり東大医学部卒で外科医を経て訪問医療に転身という経歴の持ち主。お二人は同い年の82歳。人の生き死にに関しては達観しており、言葉の一つ一つが深い。家で死ぬこと、延命の有無、年老いてからの医療のあり方など私も考えてしまう。90歳超えたら誰しも癌の二つ三つはあるそうです。養老先生も小堀先生も健診は受けないそうで、私も75歳過ぎたら健康診断は受けなくていいかな…。調べ過ぎて病気がみつかることもあるそうです。2023/04/22

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