出版社内容情報
著者
アントナン・アルトー (アルトー,A)
1896-1948年。「思考の不可能性」を思考するフランスの詩人。「残酷劇」を提唱する演劇人。西洋からの脱却を必死に試みて、後年、精神病院へと監禁される。激烈な生涯と『演劇とその分身』『ヘリオガバルス』等の著書によって巨大な影響を与え続けている。
宇野 邦一 (ウノ クニイチ)
1948年生まれ。著書『アルトー 思考と身体』など多数、訳書、ドゥルーズ『フーコー』『時間イメージ』『襞』、ドゥルーズ+ガタリ『アンチ・オイディプス』など
鈴木 創士 (スズキ ソウシ)
1954年生まれ。著書に『アントナン・アルトーの帰還』『中島らも烈伝』『魔法使いの弟子』。訳書に 神の裁きと訣別するため』(共訳)『狂人の二つの体制』(共訳)『歓待の書』『ロデーズからの手紙』。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
新地学@児童書病発動中
64
個性的な本だった。詩のようであり、戯曲のようであり、評論のようであり。たぶんこれはアルトーの心の底からの心の叫びというの一番近い。長い文が延々と続き、分かりにくい表現も多いのだが異様な迫力があって読みだしたら、途中でやめられなくなった。生きている限りこの社会はその枠組みを押し付けてくる。市場価値のある人物になれとか仕事の生産性を上げろとか、男らしくしろ(女らしくしろ)とか税金を払えなど。ほとんどの人はそれに渋々従うのだが、徹底的に反抗する人もいる。アルトーもその一人。真の英雄。2013/09/17
傘緑
37
「…神が存在でないとすれば神は存在しない。ところで神は存在しないのである、けれども神はあらゆる形をまとって前進する空虚のようだ、その最も完璧な表象とは、毛虱の大群の行進である…」ニーチェやロレンスのいう身体性への回帰を、バタイユと同様に、かなり過激に表現しているアントナン・アルトー。この本の袖にあるアルトーのポートレイトは、北欧ルター主義の宗教性の強い、映画監督カール・ドライヤーの『裁かるるジャンヌ』に出演した際のもの、敢えてこの本にあてるという、こういうちょっとイタズラめいた趣向の凝らし方はすごく好きw2016/11/28
Yusuke Oga
26
一行ごとにアルトーは爆発する。この本を読み終えるということは眼窩が激しい爆風の影響で両方とも完全にすっからかんになってしまうということなのだ。現に私はいまこの感想めいたものを視力を失ったまま、指先の感覚だけで、つまり両生類から分泌された膜のような忌まわしき靄をいちいち破り破りして書かなければならないという始末なのであるが、告白するとじつは私はアルトーの末裔なのらしいのだ。酢漬けの心臓どもよ。ジャンヌダルクの映画にでてくる顔濃い人、という認識を、君たちは超えなければならぬ。ああ、私はまだ何も語っていない!2014/12/04
兎乃
18
再読。音読。さて ここで絶叫。毎朝 御不浄へ行くたびに 暗誦すべきは本書なのだろう。2015/05/18
スミス市松
12
アントナン・アルトー最晩年の作品。表題作と『ヴァン・ゴッホ』を収録。人間は最期の瞬間にこそ生への熱狂が最高潮に達し、耄碌な賢人たちを震えあがらせ世界中の探求者を導く真実を、己が実在より編み出すことの証左と言えよう。彼の言葉を読んでいると、猛烈な不安感を覚え、後頭部が疼き出し、文字に連なって思考が倒錯・分裂していく。自分は住処を追われ土砂降りの雨のなか糞尿を垂れ流しひとり貧しく朽ち果ててゆくのだ、という感覚に陥る。それはまるでアルトーを悩ませてきた数々の身体的苦痛が自分の肉体に反芻されているようでもある。2010/12/27