内容説明
形而上学が向き合ってきた「“ある”とは何か」という問い。それは私たちがこの世界を生きるときに直面する問いである。この問いを、アリストテレスを読み解きながら考えていこう。太さを持たない「線」が「ある」とはどういうことか?この疑問を出発点にして、プラトンやピュタゴラス、ユークリッドなどの言葉とも向き合い、世界とはどのように立ち現れるか、時間とはいったい何なのか、そして私たちが生きることとは何かを探る。「存在」を一から問い直す、はじめての形而上学への誘い。
目次
序章 線をめぐる問い
第1章 ギガントマキア=存在をめぐる巨人族の戦い―アリストテレスと「ある」の諸義
第2章 神はつねに幾何学する―ピュタゴラス派とプラトンの不文の教説
第3章 線とウーシア―アリストテレスは点・線・面をどう考えたか
第4章 ティタノマキア=時間をめぐる神々の戦い―時間と運動
第5章 時間と魂―境界としての今と私
終章 線を跨ぐ
著者等紹介
富松保文[トミマツヤスフミ]
1960年徳島県生まれ。北海道大学大学院文学研究科修士課程哲学専攻修了。現在、武蔵野美術大学教授。専門は哲学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
がくちゃびん
7
表題にある「はじめての」という言葉は参考にならないので注意が必要。これはあくまで「ある」ということに対し徹底的に問いを重ねていき、それをアリストテレスはどのように捉え、考えていたかを一から考察している本だ。その構成と解説は見事なもので、最初は点・線・面とは何かという問いから始まり、「ある」を考えるためにウーシアをどのようにカテゴライズし解釈するかに至って、そこから魂・生命への問いに繋がり、最後に時間とは何か、と問う構成は非常に分かりやすく面白い。非常に体力のいる読書でありました。2015/10/17
bibliomania
2
形而上学は「“ある”とは何か」という問いを私たちに問いかける。私たちにとって世界とはどのように立ち現れるか、時間とは一体何なのか、私たちが生きることとは何かを自らで考えさせようと問いかけ様に進んでいく。終始アリストテレスとその周囲の知的探求を中心にギリシア神話を引き合いに出しながら、私達を形而上学の世界に導いてくれる。難解な個所が多々ありますし、現代からだと考えにくいこともあります。しかし彼らの概念が今の世界に息づき、古びないその概念から新たなるものを想像する手段を与えてくれてるのだと感じさせる一冊。2012/08/05
鳩羽
2
時間と運動が出てきた辺りから何を追いかけてたのか分からなくなった。2012/08/04
Y10i
1
本質の定義「そもそも~とは何か」ソクラテスに遡る昨今のアカデミックに資するこの問いかけの方法は形而下の存在<ある>とは何かを希求するにあたり要請された。答えではなく問いかけを掴む。人は時間とは何か聞かれないときはそれを知っている、聞かれると答えられない。なるほどと思った。後半の例に出てくるパラドックスのアキレスと亀はイカサマ審判の存在抜きに語れないのは面白い。2014/08/01
z
1
迷宮に入って頭がくらくらしてきたところでふわっと光が見える、そしてまた迷宮に入ってくらくら…を繰り返すうちに読了。 その光が見えるタイミングが絶妙で心地よく、著者の構成力が素晴らしいんだろうなと思った。内容をちゃんと理解できているかどうかは自信がないけど面白く読めましたね。2013/11/10