出版社内容情報
ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』は,世紀末イギリスの政治や最新の医学の言説が巧妙に織り込まれたテクストであった.ユダヤ人や細菌のメタファーとしての吸血鬼から,没落の予感にふるえる帝国の「ぼんやりとした不安」にせまる,冒険的なテクスト遊覧.
内容説明
ドラキュラはなぜ、鏡に映らないか?没落する帝国の「ぼんやりとした不安」をめぐり、表象としての吸血鬼に隠された意味に分け入る、冒険的なテキスト遊覧。
目次
1 ドラキュラの謎
2 ドラキュラの年は西暦何年か
3 侵略恐怖と海峡トンネル計画の挫折
4 アメリカ恐怖と「栄光ある孤立」の終焉
5 ユダヤ人恐怖と外国人法の成立
6 混血恐怖とホロコースト
7 コレラ恐怖と衛生改革
8 瘴気恐怖と細菌恐怖
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Kouro-hou
26
ブラム・ストーカー『ドラキュラ』(1897)周辺の英国文化事情本。汽船周りの技術革新で英海軍の優位性が低くなり、独が事前の予想を覆して格上と思われてた仏陸軍を倒しちゃったりと、英国が他国に征服されちゃうかもヤダー!という当時流行の恐怖感が根底にあると。あんだけ他国にアレな事をしておいてこれだからエゲレスは!とか思っちゃいましたが、あれだけアレな事をやっちゃってるので、それをやり返されるのは困るというのはわかりました。タイムリーなEU離脱騒動と、本中のユダヤ移民問題なんかも問題は地続きだなあとしみじみ。2016/06/25
はやしま
24
ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」をベースに、登場人物設定、物語の設定年、ドラキュラの上陸地・居住地域などからヴィクトリア期の英国及び世界の文化背景を読み解く。 感染症の恐怖から排外的論調が起こる怖さはcovid-19が感染拡大している現代にも見られ、本項の指摘は歴史を繰り返さない警鐘にもなり得よう。文学的テキストから文化研究を試みるとしているが、排外主義の危険を端的に指摘している点は国際政治的文脈からも興味深い。まさに著者が言うところの「学際研究」の成果物。知的好奇心をおおいに刺激され読了。重版切望。2020/06/10
take0
7
1997年刊。ブラム・ストーカー作『ドラキュラ』に織り込まれた後期ヴィクトリア朝世紀末英国の時代的心性を読み解いていく。巻頭間も無く著者は「ドラキュラの話は西暦何年のことか?」という話題を提示、作品に印された痕跡から推論を行い、出だしから好奇心を擽られる。そして、東欧からロンドンに襲い来るドラキュラは、当時英国の人々の心に潜在した外国からの侵略恐怖や、東欧貧窮ユダヤ難民の流入に対する不安、大陸から伝染してくるコレラ恐怖(細菌恐怖)を複合的に表象したもの、と論を展開していく。実に面白い内容だった。2018/11/25
印度 洋一郎
1
小説「吸血鬼ドラキュラ」が発表された19世紀末の世相から、ドラキュラ=イギリス人が恐れる外国の影を探る。ドラキュラは東方からイギリスを”侵略”し、自分の魔力を人に伝染させて被害者と手下を増やしていく。当時、イギリスは大英帝国の圧倒的な覇権に陰りが見え、ヨーロッパではドイツ、フランス、大西洋の向こうには新興アメリカ、内には急増する東欧からのユダヤ人、そして度々発生する伝染病のエピデミック(地域的感染拡大)等、脅威を想起させるものが次々と出現していた。しかし、それは自分達の覇権の裏返しでもあったという。2022/05/03
志村真幸
1
この時代のイギリスは、海外植民地を拡大する一方で、国力に陰りが見え、外国からの侵入者に脅えはじめた時代とされる。本書では具体的に、英仏海峡トンネルを通っての侵略の不安、東方から広がってきたコレラへの恐怖、押しよせるユダヤ人移民への不安がとりあげられている。 表題の『ドラキュラ』はそうしたゼノフォビアを体現したものと位置づけられ、あちこちの行間を読み解きながら、「講義」が進められていく。 なぜこの時期にゼノフォビアがあらわれたか、また『ドラキュラ』が執筆されたのか、よくわかった。 2021/11/01