内容説明
古墳の闇から復活した大津皇子の魂と藤原の郎女との交感。古代への憧憬を啓示して近代日本文学に最高の金字塔を樹立した「死者の書」、その創作契機を語る「山越しの阿弥陀像の画因」、さらに、高安長者伝説をもとに“伝説の表現形式として小説の形”で物語ったという「身毒丸」を加えた新編集版。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
152
『死者の書』は、近代文学史のどこにどのように位置付けていいものか困惑する小説である。それは、北辺の彼方にただ一人屹立する単独峰であるかに見える。物語は3層からなる構造を持っている。まず二上山の山上に葬られている大津皇子に代表される神々と死者の世界。その対極には大伴家持や恵美押勝らのいる現世の地上世界がある。そして、この2つの世界のあわいに藤原南家郎女(中将姫)がいるのである。そして、そこに紡ぎだされる物語の世界は、きわめて静謐で冷やかな抒情に満ちている。例えれば、それは月の光だけが持つような美しさだろう。2013/12/27
Shoji
60
悲劇の死をとげた大津皇子、めったに人の寄り付かない二上山の頂に陵が作られたのは、陰謀に他ならないと言われている。墓の中に眠る大津皇子と悲劇のヒロイン中将姫とを織り交ぜた幻想的な物語。葛城山や二上山界隈、飛鳥、奈良の風景描写も美しく、大変魅了された。と、胸を張って言いたいところだが、とてもとても難解。何度も頁を後戻りしては読み直しつつなんとか読了。2018/11/01
けろりん
51
岩窟の凍れる静寂を穿き射干玉の闇に響く水音に、魂呼びの韻が重なり、黄泉と現の境に揺蕩う睡りから醒めた貴人と、彼岸の入り日に顕現した荘厳な人の俤に導かれ、二上の山の麓の当麻に至った、斎き処女の交感。常闇に封じられた非業の白骨と金色に輝く白き豊かな姿は、太古の神々への畏れと西方浄土のみ仏への尊崇とを、両共に血流の底に宿す藤原南家の郎女の中で一つとなる。おいとほしい寒からうに。あなたふと 阿弥陀ほとけ。蜘蛛の巣より弱く蝶鳥の羽よりも美しい蓮の糸を織る清浄の機音が闇を祓い、極彩の弥陀の法悦の中に斎き処女は雲隠る。2020/12/17
井月 奎(いづき けい)
47
「死者の書」は私の読書経験のなかで有数の驚きを与えてくれた作品です。美しくて、悲しくて、希望に満ちている。廬舎那仏の表情を持つ貴人が俗な心を吐露したのちに躑躅咲く自らの庭への思いをつぶやく。人の心の多面性を見事に書き出して、小説の、散文の可能性と力を存分に見せつけます。大津皇子の無念さと思いの深さと、藤原豊成の娘、中将姫の思いの一途さ、深さが共振しあって生きているものと死者の関りが生まれますが、中将姫は山越しに見た阿弥陀仏に命をかえそうと心に決めるのです。まったく読んでも読んでも読み切れぬ物語です。2019/03/25
井月 奎(いづき けい)
42
登場人物の中で現の世を表している二人、武と文の大伴家持、政と権力の藤原仲麻呂が酒を酌み交わし吐露する心中は同じです。中将姫、藤原の郎女は神仏のものとなる、と。その郎女はうつつの花を見ても、蓮糸の美しさを見ても二上山の向こうに見えた俤人への思いになります。ですから自らの心の中、夢のなかで見る白玉、月輪などは言うに及びません。八歳のときに帝の声を聞き感涙する郎女は、ものことを慮るまえに人、神、仏の心を聞くのです。そのすべてを抱き仏の国に向かう郎女の後姿を見るこの物語、私には文字曼荼羅に見え、思えるのです。2019/07/06