内容説明
文明の誕生、国家の勃興によって戦争の規模と形態はいかに変化したのか?古代の争いから、近代の総力戦、核兵器の出現、無差別テロまで古今東西のあらゆる戦争を総覧し、産業革命や技術革新による変遷を分析、さらに平和論についての検証も行う。
目次
第2部 農業、文明、戦争(承前)(ユーラシア大陸の先端―東部、西部、ステップ地帯;結論―戦争、リヴァイアサン、そして文明の快楽と悲惨)
第3部 近代性―ヤヌスの二つの顔(はじめに―富と力の爆発;大砲と市場―ヨーロッパ新興諸国とグローバルな世界;縛られたプロメテウスと解き放たれたプロメテウス―機械化時代の戦争;裕福な自由民主主義諸国、究極の兵器、そして世界;結論―戦争の謎を解く)
著者等紹介
ガット,アザー[ガット,アザー][Gat,Azar]
テルアビブ大学政治学部エゼル・ワイツマン(Ezer Weitzman)国家安全保障講座担当教授。1959年生まれ。イスラエル・ハイファ大学卒。テルアビブ大学(修士)、英オックスフォード大学(博士)、ドイツのフライブルク大学、米エール大学、オハイオ州立大学、ジョージタウン大学で研究や教育に携わってきた経歴を持つ。軍事史および戦争・戦略研究の分野で数多くの著作を発表(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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absinthe
182
将来の事は解らない。民主化が戦争の減少に貢献したこと、暴力が減少しつつあることは確かだが、民主主義であれば戦争が起こらないとは無制限に信じる事は出来ない。何らかの発明がそれを覆すことはある。下巻は帝国の成立と衰退に馬が大きく関与していた事、火薬、兵站、兵器の急速な発展が国の在り方まで変えてしまった事が描かれる。自由主義を標榜する国が先に強力な兵器を手にした事は幸運だった。2016/03/22
たぬきオヤジ
16
人間は高度な文明を手に入れるにしたがって、戦いの場を奪い合いから生産競争にシフトさせてきた。殺し合いは増えずに減り続けていたのだ。ピンカー『暴力の人類史』の文献目録から探し当てた本だったが読んで正解であった。2019/11/22
hiyu
3
やはり下巻も頭を捻ることが少なくなかった。これは自分の知識のなさのせいである。タイトルにもある文明、戦争。両者は密になる部分もあり得ること、民主主義ともいえども万能とまではやはり言い切れない。些末ではあるが、非常に気になるところがあったのが残念。2022/10/10
鏡裕之
2
民主主義は民主主義であるがゆえに、かつての国家が制圧のために使っていた虐殺など、他国を屈伏させるための手段が使えない。そのために他国を支配&統治することができないという。また、民主主義は、民主主義であるがゆえに民族主義やナショナリズムを刺激してしまい、ある一定レベルの国家に紛争を招いてしまうという逆説があるという。民主主義という樹木は、どこの国の土壌にも適したものではない。民主主義も1つのイデオロギーであり、決して全人類的な、普遍的な枠組みではないのだ……ということを思い知らされた一冊だった。2018/03/04
smatsu
1
本書の分厚い内容をここでまとめきるのは難しい。ポイントだけ。まずルソー派の「戦争は文化的な発明で国家ができる前の人類は平和だった」という考えは誤り。狩猟採集民は現代人と同じかそれ以上に暴力的だった。同種殺害も資源や性の争奪のため他の生物でも起こり、ヒト特有のものではない。文明の発展とともに有効戦術が変化し戦争の形態もいろいろ変わったが、産業革命以降に富の総量が劇的に増えた結果、その獲得手段はゼロサムゲーム的要素が減り平和的手段の方が暴力的手段よりも効率が良くなり、総じて戦争は減少の方向に向かっている。2019/04/20