新潮新書<br> 死ぬことを学ぶ

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新潮新書
死ぬことを学ぶ

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  • サイズ 新書判/ページ数 185p/高さ 18cm
  • 商品コード 9784106104541
  • NDC分類 281.04
  • Cコード C0211

出版社内容情報

大往生、殉死、暗殺、自殺……先人の死の様相から、日本人が失った「哲学」を捉え直す。福田流「死に方読本」。

西田幾多郎、児玉誉士夫、芥川龍之介、太宰治、江藤淳。 死者に直接話を聞くことはできない。だけど、学ぶことはできる。大往生、殉死、暗殺、自殺……先人たちの死の様相を眺め、味わい、思いを致す。福田流「死に方読本」。

内容説明

生きるも難儀、死ぬも難儀―。敗戦後、日本人は自らの本質について思い煩わなくなった。しかしバブル崩壊から東日本大震災に至る日々の中で、「哲学」の不在を痛感している人は多い。だからこそ「死ぬこと」を学ばなければならないのだ。当人は決して見ることができない人生の決算表はいかにあるべきなのか。大往生、殉死、暗殺、自殺…先人たちのさまざまな死の様相を眺め、味わい、思いを致す。福田流「死に方読本」。

目次

序章 死という事態の前で
第1章 日本人の死にざま(確信と不安の間を揺らぎ続ける特攻隊という自発的な死;哲学が死滅した今、「死ぬことを学ぶ」哲学という営為が求められている;自殺を戒められた暗殺者は、決行後どのように生きていくのか;大きな志は失っても、大きな仕事と人間を残すことはできる;自ら作った雑誌の命脈を見切った出版界のモンスターがいた)
第2章 死者の置き土産(「天下之糸平」の五文字の凄みから、墓碑に込められた心意気を知る;墓というのは、どうしようもなく、故人の相貌、風格を残す;折口信夫の恐ろしさは、その墓を見なければわからないだろう;気持ちのよい山路愛山の墓に比べて、森鴎外の墓はちょっと残念;死んでまでつるんでいる大宅壮一と梶山季之の面白さ;強欲と恬淡が同居する松永案左衛門の墓には惹かれる)
第3章 自殺の国の死生観(切腹という自死を過度に重視したところに、日本の「ユニークさ」がある;なぜ、作家は近代になって自殺するようになったのか;芥川龍之介は明敏だからこそ、単純だが厄介な罠に陥った;フィクションを完成させるために、太宰治は死を選ばなければならなかった;三島由紀夫の切腹は、文学的で人工的だが、戦いだったのだろう;分泌生活に入って二十年以上、同年輩の物書きがいなくなると堪える)
終章 五十歳の辞世

著者等紹介

福田和也[フクダカズヤ]
1960(昭和35)年東京生まれ。文芸評論家。慶應義塾大学環境情報学部教授。慶應義塾大学文学部仏文科卒。同大学院修士課程修了。『日本の家郷』で三島由紀夫賞、『地ひらく』で山本七平賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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calaf

12
確かに、「自殺」に対する捉え方は、日本には他の国にはあまりない独特のものがありますね。明治維新、あるいは敗戦を契機に、外国の考え方がドッと入り込んできたために、現在の日本人からすると少し奇妙な気もするのだけど。。。2012/05/21

壱萬弐仟縁

8
理想の死は、遺書を書き、葬式代捻出してからあの世に逝く。死に際に追い込まれると人間、往生際が悪くなる。そうならないために、全力で生きて悔いを無くす。3.11で亡くなった人から学ぶこと。交通事故で逝った同級生から学ぶこと。戦争で亡くなる人。何のために死んでいけるか。伊那出身の田中平八は生糸と洋銀で巨富(82ページ)。大宅壮一はコンニャク過食で亡くなった(105ページ)。死因は栄養失調(106ページ)。人間賢い部分と愚かなとことあるものだ。芥川は非常勤講師にして人事権(147ページ)。偉大さは職名によらない。2013/01/15

みんと

8
先人たちの、様々な死の様相を眺め、味わい、思いを致す。 「福田流死に方読本」というだけあって、芥川龍之介、志賀直哉、三島由紀夫、賀屋興宣等などの死を哲学的に、淡々と語る様が、何とも言えない趣を醸し出している。 登場人物にあまり思いが無かったせいか、せっかくの詳しい情報も、ただただ暗く、私には興味を持って読むことができなかったのが残念だ。2012/08/24

厩戸皇子そっくりおじさん・寺

8
福田和也版人間臨終図鑑と言うべきか。近代の政治活動家と文学者の死。やはり最終章の井田真木子や見沢知廉の話は真新しくて面白い。みんなそれぞれがそれぞれの死を迎える。どんなにぶざまでも仕方ない。受け入れよう。2012/05/14

ダイキ

6
「『妻と私』を上梓された後、〈生と死の時間〉という感覚は、鷗外や露伴も描いた事がないのではないでしょうか、と先生(江藤淳)に申し上げた時、〈その事を云ってくれたのは、井上ひさしさんと君だけだよ〉と、おっしゃられたのを憶えています。」(第三章 自殺の国の死生観)2019/07/02

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