内容説明
昭和32年、松坂熊吾は大阪で再起を賭け、妻房江とともに電気も通らぬ空きビルに暮らしていた。十歳になった伸仁は尼崎の集合住宅に住む叔母に預けられた。居住者たちは皆貧しく、朝鮮半島からやってきた人々が世帯の半ばを占め、伸仁は否応なく凄絶な人間模様に巻き込まれていく。一方、熊吾は大規模な駐車場運営に乗り出す。戦後という疾風怒涛の時代を描く著者渾身の雄編第五部。
著者等紹介
宮本輝[ミヤモトテル]
1947(昭和22)年、兵庫県神戸市生れ。追手門学院大学文学部卒業。広告代理店勤務等を経て、’77年「泥の河」で太宰治賞を、翌年「螢川」で芥川賞を受賞。その後、結核のため二年ほどの療養生活を送るが、回復後、旺盛な執筆活動をすすめる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ミカママ
450
今作の舞台は、尼崎のどこかにあるという「蘭月ビル」。居住者の半数以上が在日朝鮮・韓国人のこの不法建物に、親と離れて暮らした、伸仁の一年。掃き溜めみたいな環境でも、彼はたくましく生きていく。アパート住民の「ヤカンのホンキ」と、茶道具の一件には感動した。熊吾というのはめちゃくちゃなところはあるが、真実を見極める目を持った男なのだな。同時期を在日側からの視点で描いた「Pachinko」、読みかけで放ってあったが、そちらも読み終えたいと思わせる作品だった。2019/01/17
takaichiro
98
流転の海シリーズ第5段。富山から大阪に戻った熊さん一家。息子の伸仁は叔母が住む尼崎の集合住宅「蘭月ビル」に預けられる。そこは一見「貧乏の巣窟」ではあるが、強く生き人々が住んでいる。世界中の魅了的な物語が詰まった、まさに花の回廊。シリーズ当初から無類の強さが強調されてきた熊吾の没落と引き換えに、父親とは違う図太さや人間臭さを纏いはじめる伸仁。このコントラストが徐々に鮮やかとなり、この巻以降は戦後の日本復活を背景に、伸仁の成長、周囲の大人達が次代を任せていく決意が描かれることを予感する。物語はもうあと半分。2019/09/23
かみぶくろ
88
じわじわ貧乏になっていく松坂一家。息子の伸仁を「貧乏の巣窟」である蘭月ビルに預けざるを得ない状況に陥るが、両親の心配をよそに、伸仁は一筋縄ではいかない経験を積みながら、逞しく成長していく。主人公熊吾の守る対象でしかなかった伸仁が、主体として動き出してきているあたり、この大長編の転換点か。背景にある時代の生活史の緻密さも、この作品の大きな魅力の一つだろう。2018/12/28
chikara
85
伸仁の成長に胸が切なくなる。辛い状況での生活が始まる蘭月ビル。入り組んだ迷路の廊下を花の回廊へと昇華させる事が出来るのか。 自尊心よりも大切なものを持って生きにゃあいけんの名言を刀を売った時に実践した熊吾は凄い。 さて、次作へ。2015/02/16
ジェンダー
84
戦後日本人がどういった風に生きて来たのかという観点から読むと読みやすいように思う。人間縁は大事にしなあかんって言うけれど本当に思う。自分が苦しい時に助けてくれる人がいるというのは大切な事だと思う。そういう意味ではこの時代というのは温かみのある情のある人間が今の時代には多かったように思う。主人公は人に騙されてもへこたれないというか気にしないというかキップのよさが人を惹きつけるのかもしれない。そういった生き方というのは簡単ではないし苦しい面もある。やっぱり家族が同じ屋根の下で暮らすのは良い物だと思いました。2014/08/10