内容説明
紀元305年、ディオクレティアヌスが帝位から退き、新たに指名された四人の皇帝による第二次四頭政がはじまる。しかし、その後六人もの皇帝が乱立。その争いは内乱の様相を呈する。激しい政治闘争と三度の内戦ののちに勝ち残ったのは、東の正帝リキニウスと、のちに大帝と呼ばれることになる西のコンスタンティヌス。二人は共同で「ミラノ勅令」を発布し、一神教であるキリスト教を公認した。こうしてローマの良き伝統は跡形もなく崩れ去った。
目次
第2部 コンスタンティヌスの時代―紀元三〇六年‐三三七年(「四頭政」崩壊;皇帝六人;首脳会談;「公敵」マクセンティウス;決戦;歴史を創った戦闘;「ミルヴィウス橋の戦闘」;パッチワークの凱旋門;キリスト教公認)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
378
コンスタンティヌス帝の時代を描く。紀元306年の6人皇帝の中から実力で抜け出したコンスタンティヌス帝。彼はマクセンティウスを倒し、最後にはリキニウスをも倒して、とうとうただ1人の皇帝として君臨する。彼の行った事績で最も際立つのはキリスト教の公認・擁護とローマからコンスタンティノポリスへの遷都だろう。そのどちらもローマ帝国にとってはきわめて大きなパラダイムシフトであった。とりわけキリスト教の公認は、その後1700年間、現代にいたるまで世界の在り方に大きな影響を与えた。2020/11/12
ケイ
95
第二次四頭政が始まってすぐに、正帝コンスタンティウスが病死すると、息子のコンスタンティヌスがすぐに副帝となる。引退した前正帝マクシミアヌスとその子マクセンティウスも加わり、6人の乱立となる。まず西の正帝セヴェルスをマクシミアヌスが破り、マクシミアヌスはコンスタンティヌスに敗れ、東の正帝ガレリウスは病死する。そして遂には西の正帝リキニウスと副帝コンスタンティヌスのみとなり、313年に二人はミラノで会い、キリスト教を公認する「ミラノ勅令」を出す。324年、二人は対戦し、コンスタンティヌスが勝利した。2014/12/03
レアル
86
コンスタンティヌスの巻。四頭政の崩壊。四人が仲良く権力を分け合うなんて、しょせん無理な話。そして「ミラノ勅令」でキリスト教公認。これによりローマ帝国の政体や宗教観が大きく変わり、キリスト教が一気に表舞台へ。2014/07/02
優希
72
ディオクレティアヌス帝の引退により、皇帝の乱帝が始まります。内乱の結果、コンスタンティヌス帝の台頭へと続くのですね。キリスト教を国境とすることにより、今までのローマが滅びていくように感じました。そういう意味ではコンスタンティヌスは最後の皇帝と言っても良いのかもしれません。崩れ去ったローマの伝統が悲哀に思えます。2018/11/12
財布にジャック
66
塩野さんごめんなさい。ローマ人の物語は前半、特にハンニバルやカエサルあたりは、面白くてどんどん読み進められたのに、この本は前巻から1年近く積読したままでした。この巻はコンスタンティヌスの時代なので、久しぶりに楽しめました。コンスタンティヌス帝の凱旋門の写真入り彫刻の解説は特に興味深かったです。実際にローマで凱旋門見た時には、ちゃんと見ていなかったのが残念ですが、なるほどパッチワークみたいです。この巻ではミラノ勅令が出されて、信教の自由が認められます。それって凄いことですよね!2011/09/08