感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ω
28
こりゃ久々に、文句なしで好きな作家さんに出会ったかも。ω とめどなく美しい文体がどこまでも詰まっていた。 テーマはご自身の体験より。特攻の出令で死を覚悟するも状況一変、終戦を迎える「出発は遂に訪れず」。奥さんが精神を分裂、娘が言語障害……と。何がどのように起こるのか怯えている先生の悲しさがいっぱい詰め込まれて綺麗だった。感動しましたよ。ω 2019/01/09
Akihiro Nishio
27
元特攻隊隊長による戦中戦後を舞台にした短編集。女好きな作者である。こうした背景にも関わらず、どの作品もほぼ女性の話をしている。過酷な戦時を生き延びたから女体への執着が強いのか、戦後という時代が男女の関係を文学的なテーマとして必用としていたのかわからないが今読むと異常な感じがする。作者は横浜生まれのロマンチストなインテリで特攻隊隊長という肩書きが重荷なのかも知れない。しかし、こういう男はモテそうな気がするな。特攻隊隊長として抑うつ的に生きるより、近所のロシア人美少女を戦後に訪れる方がよほど健康的に違いない。2018/09/09
長谷川透
18
死への出発が遂に訪れなかった者の余生は、生きながら死んでいるとも、死にながら生きているとも言えよう。島尾の小説は戦前を書くときはリアリズムが濃く、読者の脳裡に焼きつくようなしっかりとした筆致である。ところが戦後を書くとき、又は戦後に見た夢の世界を書くときには、捉え所のない文体が現れ、読み終えたばかりの小説を振り返ってみても、昨晩見た夢を思い出しているのと同じように、明確な像をほとんど残していないことに気付く。島尾の小説を初めて読み首を傾げてばかりいた読者も、最後の表題作を読めば全てに合点がいくだろう。2013/09/19
ネムル
17
島尾敏雄の作風をざっくり見渡せるように短編が選ばれているが、まずリアリズムとしての戦中・シュルレアリスムな戦後というねじれが目を引く。胃袋の中に手を突っ込んで体の内外をひっくり返すという描写が「夢の中での日常」にあるが、戦争体験という不条理と強烈さに対して、すごく説得力を感ずる。そして、戦中と戦後のねじれに対峙しようとする「廃址」が集中で一番好きだ。それにしても死刑宣告から奇跡的に助けられながらも、それを喜ぶを許さぬ空気に包まれたまま、なお命の保証もなく幕を閉じる表題作のラストは、察するにもあまりに重い。2018/07/16
みや
16
終戦翌年からの16年間に執筆された短篇9作。特攻隊長としての経験を踏まえた戦争作品における死への覚悟と逡巡の心理描写においては言うまでもないが、現代小説的な作品においても常にどこか不穏な緊張感が付きまとう。観念に囚われた行動・予期不安、融和と反発とが相半ばする他者との交際、美少女に対する手放しの信奉など、グロテスクな要素の横溢に胸中抉られつつ何とも切ない気分になるのは、やはり人間の真実の断面を描いているからだろう。2021/11/24