さとうきび畑―ざわわ、通りぬける風

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  • サイズ B6判/ページ数 77p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784093873857
  • NDC分類 767.8
  • Cコード C0095

出版社内容情報

66回も繰り返される「ざわわ」。さとうきび畑を渡る風の音が平和の祈りを奏でます。どこまでも美しい沖縄の風景をBGMに、詩を味わい、この歌に携ってきた人々の言葉を感じ、感動の世界を再確認してください。

 今から35年前に作られた『さとうきび畑』の歌が、沖縄復帰30周年の今年、大きな注目を集めています。作者の寺島尚彦が復帰前の沖縄を訪れたとき、南部の激戦地・摩文仁の丘一面に広がるさとうきび畑の下に眠る人々に思いをはせて作った平和を願う歌です。「ざわわ」というさとうきび畑を渡る風の音が66回も繰り返されて、平和への祈りが奏でられます。沖縄を撮り続ける写真家・大塚勝久が撮った、何事もなかったかのように美しい沖縄の風景をBGMに、11番まで続く詩を味わい、声に出して読んでください。この歌を歌っている森山良子や新垣勉らのエッセイを読み、歌の中に広がる感動の世界を再確認してください。そして、穏やかな気持ちで、平和について考えてください。

内容説明

平和への祈りを忘れないでください。穏やかな反戦歌『さとうきび畑』の感動の世界。

目次

出逢いの連鎖(寺島尚彦)
さとうきび畑(寺島尚彦)
『さとうきび畑』の三五年(寺島尚彦)
『さとうきび畑』という歌
いつも風が吹いていた風景(大塚勝久)
私が歌う気持ち(森山良子)
美しい歌(上条恒彦)
10分18秒の平和の祈り(山川悦史)
命ドゥ宝(大塚勝久)
私が歌う背景(新垣勉)
幼い日々のおもちゃ箱(寺島夕紗子)

著者等紹介

寺島尚彦[テラシマナオヒコ]
1930年生まれ。作曲家。時には作詞も。東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。作曲活動は半世紀を超える。作品はクラシック、ポピュラーを問わず広いジャンルにわたる。コンクール課題曲、NHK『みんなのうた』などの委嘱も多い。『さとうきび畑』は1967年の作品。2002年4月、さとうきび畑オリジナル版を含む詩曲集を出版(音楽之友社)。最近は演奏会活動に加えコラムの執筆、講演会なども行う。「さとうきび畑コンサート」は沖縄をはじめ各地で開催または予定されている

大塚勝久[オオツカショウキュウ]
1941年大阪市生まれ。関西大学新聞学科、日本写真専門学校卒業。(社)日本写真家協会会員。72年、沖縄の本土復帰直後から島々を撮り始め、80年フリーに。沖縄本島首里をベースに、自然や風俗、祭りなど、50の島々を撮り続けている。個展は国内32回、アメリカ6回

森山良子[モリヤマリョウコ]
1948年東京都生まれ。ジャズ界のパイオニア・森山久さんの長女。67年『この広い野原いっぱい』でデビュー。『禁じられた恋』などのヒット曲を持つ。国内にとどまらず、カーネギーホールのコンサートなど、世界を舞台に活躍する。通算コンサート回数は2500本以上、動員数は320万人以上

上条恒彦[カミジョウツネヒコ]
1940年長野県生まれ。62年、歌手として出発。71年、『さとうきび畑』を含むファーストアルバムをキングレコードから発売。同年、『出発(たびだち)の歌』でヤマハ世界音楽祭グランプリ受賞。77年ミュージカル『ラ・マンチャの男』、80年『屋根の上のヴァイオリン弾き』などに主演。96年、自主制作CD『冬の森にて』に『サトウキビ畑』を再録

山川悦史[ヤマカワエツシ]
1961年沖縄県那覇市生まれ。福岡工業大学卒業後、極東放送を経て、88年からFM沖縄ディレクター。現在『For PM』(月~金16時より)、『サタデーナイトは土ーするべき』(土19時より)を担当。94年『勝利の歌~全ての子供達へ』、00年『登川誠人のせいぐゎーやいびん』、01年『阿部敏郎復活沖縄同窓会ライブ~17年の時空を超えて』で日本民間放送連盟賞全国優秀賞受賞。3女の父

新垣勉[アラガキツトム]
1952年沖縄で米軍兵の父と日本人の母の間に生まれる。生後まもなく失明。父の帰国などの事情で祖母のもとで育つ。ある牧師との出会いから西南学院大学神学部に進学。卒業後、牧師の道を歩む。87年34歳で武蔵野音楽大学声楽科に入学。同大学院修了後から学校や教会でのライブを行う。01年『さとうきび畑』を発表

寺島夕紗子[テラシマユサコ]
1969年東京生まれ。東京芸術大学卒業、同大学院修了。第23回フランス音楽コンクール第1位。第8回日仏声楽コンクール第2位
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