こんな噺家は、もう出ませんな―落語“百年の名人”論

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こんな噺家は、もう出ませんな―落語“百年の名人”論

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  • サイズ B6判/ページ数 285p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784062169141
  • NDC分類 779.13
  • Cコード C0076

出版社内容情報

昭和戦後の「名人」は、こうして生まれた!圓朝が死んだ年に圓生が生まれ、その101年後に志ん朝が死んだ。圓喬・文楽・志ん生らが活躍した「名人の世紀」を、多彩な資料から描き出す書き下ろしエッセイ

内容説明

「名人」の条件とは?圓朝が死んだ年に圓生が生まれ、その一〇一年後に志ん朝が死んだ。圓喬、文楽、志ん生らが生きた「名人の世紀」を、数々の名演の録音を手掛けた著者とともにたどる。

目次

1 名人の楽屋に育った少年―圓生の記憶
2 昭和戦後最初の名人―桂文楽と「先生方」
3 もう、こんな噺家は出ませんな―文楽の見た圓喬
4 始祖・圓朝と『文七元結』―志ん朝のまくら
5 明治大正の三名人―鈴本席亭の回想
6 いやなことばだが、「芸術性」―名人の復活
7 今は志ん生におよばざる―圓生の手記
8 あと三年で名人になれたのに―名人の臨終
9 大師匠の生まれ変わりではないかと―名人の行末
私が見てきた亡き十人の噺家

著者等紹介

京須偕充[キョウストモミツ]
1942年東京・神田生まれ。慶應義塾大学卒業。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライヴシリーズなどの名録音で広く知られる。少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。TBSテレビ「落語研究会」の解説を担当(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

zag2

32
京須偕充さんによる「落語名人論」。噺家に名人と呼ばれる人が出てきたのはいつからなのか、誰が名人と呼ばれたのか、これから名人はどうなっていくのか、など長年落語に関わりを持ってきた京須さんならではの考えが、名人あるいはそれに準ずると目される噺家の様々なエピソードを交えながら語られています。BS-TBSの「落語研究会」の解説で拝見する京須さんとは少しだけ違った面がうかがえるような感じです。六代目圓生、名人だと思うなあ・・・しかしこの本、正直のところいささか読みにくい・・・です。2023/01/21

姉勤

23
何が言いたいのか分からない。ぶっちゃければ、何を言ってるのかも。時代と話題が飛びまくるし、テーマも絞れてない。それは著者のせいと言うより、編集者の怠慢。表装と内容の乖離からしてダメ。講談社の文芸担当は猛省を。名人の落語を銘刀に例えている事に反発がある著者だが、藝の力で現実と切り離し、落語の世界へ誘い、サゲによって引き戻す見事さは、刀の切れ味に例えてもいいと思える。2013/11/26

ともこ

21
子供の頃から60年近く落語好きな私にとっては、懐かしい名前が次々登場しワクワクした。明治時代の名人はもちろんわからないが、圓生・志ん朝・小さん・・好きな噺家のエピソードやまくらは特に嬉しかった。また、死の3月前、高座で言葉を失った文楽師匠が「勉強し直してまいります」と言って楽屋へ戻った有名な話は、今更ながら胸を打つ。本書でも高評価の小さん・小三治師匠の流れを継いでいる噺家の高座をよく聞きに行く。手元にある好きな噺家さんたちの音源も含めて、落語をこれからも楽しんでいきたい。 2023/10/14

ワッツ

4
名人とはなんぞや?以前驚いたのが、桂文楽ですら、明治大正の名人には及ばないという話だ。この本にも書いている。圓朝、圓喬、圓右、三代目小さん。昭和の名人と言えばやはり文楽、志ん生、圓生。しかし、当時は特にそのように言われなかったようだ。確かに現代は名人濫発で、小生の好きな噺家だけど名人◯◯と言われたりして、それは違うだろうとこそばゆい。この名人談義は志ん朝に始まり志ん朝に終わる。よく、志ん朝があと十年生きていれば名人になったと言われるが、志ん朝は気にしていなかったという結論。親父の重圧はあったろうが。2017/01/30

TONAS

3
権威ある落語録音プロデューサー・落語評論家による一冊だが、ずいぶんとつまらない話をしているなといった印象。落語界における「名人」という呼称の扱われ方について延々と散文を連ねているが、掘り下げるべき場所がズレているように思う。昭和の落語家の解説本としては内容が薄すぎるし、評論家一般を揶揄することで自身の弁えをアピールしているあたりもスケールが小さい。そんな中で、高校時代に落語会で圓生の『怪談乳房榎』を聴いて感動し、耳を汚したくないからと電車に乗らず雨の中を歩いて帰ったというセンチな回顧談は微笑ましかった。2022/05/20

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