主語を抹殺した男―評伝三上章

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  • サイズ B6判/ページ数 285p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784062137805
  • NDC分類 289.1
  • Cコード C0023

内容説明

日本語は非論理的な言語ではない。文法が英語とは違うだけだ。日本語の文法構造を初めて合理的に解明した画期的三上文法。その先駆性ゆえに長らく不遇を託っていた「街の語学者」の生涯をカナダ在住の日本語学者が敬愛を込めて描く。

目次

序章 三上章を追いかけて
第1章 三上文法と出会う
第2章 幼年~学生時代
第3章 知的逍遙時代
第4章 街の語学者
第5章 晩年
終章 時空を越えて

著者等紹介

金谷武洋[カナヤタケヒロ]
1951年北海道北見市生まれ。函館ラサール高校から東京大学文科2類に入学。教養学部教養学科フランス分科を卒業。国際ロータリークラブ奨学生としてカナダ、ケベック市のラヴァル大学に留学。同大学で言語学修士号、モントリオール大学で言語学博士号取得。専門は類型論、日本語教育。カナダ放送協会国際局などを経て、現在モントリオール大学東アジア研究所日本語科科長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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Minamihama

19
国語学者大野晋を悩ませたローマ字論者が反対側から見るとこのように見えるのか。 人の評価、価値もどちらから見るかで全く逆になってしまう。 2023/03/02

わたなべよしお

13
 「主語廃止論」の元祖、三上章さんの評伝。金谷さんの本もそうなんだけど、かなり挑発的で、ややイライラが見える。三上さんも「主語抹殺」とは穏やかでないのだが、それほど相手にされなかったり、廃止論が広がらないストレスが溜まっているんでしょう。私は全面的に賛成です。2019/09/30

JVSTINVS

4
日本語には主語がなくて「が」の補語と「は」の係助詞だ、といいたかった人の評伝で、学校文法の批判が中心だが、日本語文法をアマチュアで教える身としては疑問がある。「が」は、むしろラテン語でいう再帰的な主語、またはイタリア語の再帰動詞の補語に近いもので、補語とはいいきれないだろうし、「は」も主語ではなかろうか。わたしはこれを勝手に「私が上岡龍太郎です文法」とよんでいるのだが、「私が」というと再帰だから意味が強いし、「私は」というと主語だから比較的弱いのではないか。2024/01/03

結城

4
主語廃止論を唱えた街の語学者・三上章の伝記。ゆる言語学ラジオから。学校文法(橋本文法というらしい)の主語という概念は明らかに英語の影響を受けたもので、日本語を考える上で相応しくないと主張した。日本語には主語があるものだと思い込んでいたので、すんなりとは受け入れがたいものの、筆者の説明を読むと確かに納得がいく。学会に黙殺されたことも含めてあまり順風満帆な生涯とは言えず、もっと評価されていたら今頃学校文法はどうなっていたか……とifを想像せずにはいられない。2022/09/22

こひた

4
西欧言語学的なSV構文で日本語分析するって前提が違うんじゃ?という説を生み出した一教員の伝記。「素人ならではの斬新な視点で!」って失敗は多かれど,メンデル,ウェーゲナー,線文字Bのように継続的かつ熱意をもった「素人」が専門家の科学的知見を凌ぐ成果を挙げる(かつ最初は無視されるという)反例もままあるので,「定説は現時点での定説である」という態度と細部へのこだわりが大事か。金谷さんの文章から「正しいもんは正しい」って昭和的説教臭さを感じてしまうが,恩師が学会に散々な扱い受けた恩讐ゆえ仕方ない面もあるかな。2022/04/13

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