出版社内容情報
日本を代表する映画監督黒澤明が自らの半生を回想した自伝.少年時の思い出,映画との出会い,助監督時代を経て,デビュー作「姿三四郎」から「羅生門」グランプリ受賞までを語る.映画創造の秘密に迫る貴重な証言.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ばんだねいっぺい
33
蝦蟇の油。幼少時代の色彩のある瑞々しい記憶の描写ぶりに映像記憶力の高さを感じた。「金平糖さん時代」は、似たような経験があり、胸が痛み、陽の光のようなお兄さんが、「最後の一線」を越え、虚脱状態になった筆者の気持ちが分かるような気がした。「詐欺師も、皆、人間の顔をしている。」との教訓が出る結婚話は、エスプリが効いててほんとの話なの?と思った。 悪いやつほど、いい話をして、いい顔をするそうだ。身に覚えがあるようなないような、むしろ、我が身を案じてしまうから恥ずかしい限り。2019/10/27
ぐうぐう
5
67歳のときに綴った自伝の3分の2が監督デビュー前のエピソードで占められているのは、とても象徴的なことだ。つまり黒澤は、そののちの自分の生き方や経歴は、監督した映画を観ればわかると言っているのだろう。にしても、画家を目指した青年が、トーキーの登場によって人生を絶たれた弁士の兄の死を乗り越え、やがて兄を殺した映画の仕事をするようになるのはひとつの皮肉だが、黒澤自身は画家を目指したことも、兄の死も、すべてが映画監督という道へと繋がっていたと信じている。それが黒澤映画の力強さの源なのだろう。2009/03/30
駄目男
4
世界の黒澤といっても、その生い立ちはと言われれば全く知らない。 そこで手に取ってみた自叙伝。しかし内容は『羅生門』までの前半期しか書いていないため『七人の侍』や監督を降板させられた『トラ・トラ・トラ』に関しては分からず仕舞いだった。だが、人に歴史ありですね。 明治生まれで大正育ち。私の知らない時代の話しからして興味深い。関東大震災、二・ニ六事件、そして如何にして映画界に入ってどう育ったか。戦時中の検閲から戦後の東宝争議と、ある面、明治生まれの人は実に面白い人生を歩んだものだと思う。知らない時代が懐かしい。2015/09/20
乾坤一擲
4
力強い文書で一気に読めた。小津安二郎監督がいなければ黒澤明監督の誕生は無かった。「黒沢くん、100点満点中、120点だ!」小津さんの破顔一笑している顔が浮かぶようだ。気に入った黒澤さんの文章。“私は、特別な人間ではない。特別に強い人間でもなく、特別に才能にめぐまれた人間でもない。私は、弱味を見せるのが嫌いな人間で、人に負けるのが嫌いだから努力している人間に過ぎない。ただ、それだけだ。”2013/04/04
ふじさん
2
本を整理していたら偶然見つけ、久しぶりに読み返した。三度目の読破。日本の学校教育は文化・芸術に優れた人材を輩出できないようだ。黒沢しかり村上春樹しかり。みんな学校教育を否定したところからスタートしている。残念なことだ。 2020/02/05