13歳の少女が見た沖縄戦―学徒出陣、生き残りの私が語る真実

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  • サイズ B6判/ページ数 109p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784872909647
  • NDC分類 K916
  • Cコード C8323

出版社内容情報

戦後70年の今だからこそ伝えたい、83歳の「沖縄のマザーテレサ」が語る、凄惨極まる沖縄戦の真実。

ある日、平和な沖縄に、戦争がやって来た……。
戦後70周年、私達が決して忘れてはいけないこととは?

「無知」という病気が、戦争を連れてくる。
1944年、教師を目指していた13歳の安田未知子は沖縄県立第1高等女学校に入学しました。輝く未未来を胸に抱き生きる日々は、沖縄戦によって一変しました。牛島中将の伝令役として、戦争に参加。度重なる空爆、目の前で次々と人が死んでいく光景、草木を食べ飢えをしのぐ毎日。戦後70年の今だからこそ伝えたい、83歳の「沖縄のマザーテレサ」が語る、凄惨極まる沖縄戦の真実。

【著者紹介】
東京都港区生まれ。両親とともに 8 歳で沖縄に渡る。悲惨な戦場を生き残り、戦後、沖縄初の女性英語教官となる。自身の子を5人育てながらも、貧しく教育やしつけが行き届かない生徒を家に住まわせ、43人を巣立たせる。現在は、弟(医師)と医療法人 和泉会 いずみ病院を運営、介護老人保健施設いずみ苑の苑長を務める。

内容説明

県民の4人に1人が死んだ地上戦。「伝令」を命じられ、無数の死の現場を見た著者が、70年たった今語る、平和のための戦争の記憶。度重なる空爆、次々と人が死んでいく光景、草木を食べ飢えをしのぐ毎日…。今だからこそ伝えたい、凄惨極まる沖縄戦の真実。

目次

第1章 平和だった子どもの頃(すべての人に頭を下げて歩きなさい;沖縄へ帰郷)
第2章 沖縄戦が始まった(初めての空襲;伝令に選ばれる;過酷な戦場;「帰れ」と言われたけれど)
第3章 米軍上陸(家族との再会;山原に隠れて;米兵も人間)
第4章 戦争が終わった(祖父母の家へ;米軍の捕虜になる)
第5章 終戦後の沖縄(手紙を出さなければよかった;英語教官女性第一号)

著者等紹介

安田未知子[ヤスダミチコ]
1931年生まれ。医療法人和泉会いずみ病院、介護老人保健施設「いずみ苑」理事、苑長。沖縄県立第一高等女学校では、校長と沖縄軍司令官の牛島満中将との伝令係を任され、戦後、沖縄の英語教員免許取得女性第一号となる。九死に一生を得た戦後の貧しい生活の中で、教師としてたくさんの子ども達を引き取り、育て上げ、「沖縄のマザーテレサ」と言われる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。