内容説明
共苦の十字架を背負い、無限の無垢に生きる―世界文学史上、最も美しく謎めいた人物像にしてドストエフスキーの天才の結晶、キリスト公爵ムイシキンの魂の遍歴を解読する。
目次
第1章 主人公としてのニヒリズム
第2章 ニヒリズム超克への抗い
第3章 背景としてのニヒリズムと外来思想
第4章 虚の空間に生きる道化群像
第5章 ドラマを推し進めるもの
第6章 我々の庭を耕そう
付論 黒澤明の映画『白痴』の戦略
著者等紹介
清水孝純[シミズタカヨシ]
1930年東京に生れる。東京大学大学院比較文学比較文化博士課程を修了後、日本大学講師を経て、1969年九州大学教養部助教授。1976年同教授。同大学退職後、福岡大学人文学部教授を経て、現在九州大学名誉教授。主要著作:『ドストエフスキー・ノート―『罪と罰』の世界』(九州大学出版会、第1回池田健太郎賞受賞)、『笑いのユートピア―「吾輩は猫である」の世界』(翰林書房、第11回やまなし文学賞受賞)、その他論文多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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PKC
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ムイシキンの謙抑そのものではなく、それが帯びる絶対性に取り憑かれ、無神論的思想へとスライドし、傲慢であるためその擬絶対が自分の中に備わっていると錯覚したのがアグラーヤ。 ムイシキンの謙抑に触れ、それ自体の素晴らしさを直覚的に理解し、自らも謙抑さでムイシキンを受け入れられたのがコーリャなどの人物。 しかし自身を超えるものを素直に受容しても、ニヒリズム自体の克服にはならない。それは「真の絶対は『今このときに』ではなくてはならない。」からで、美というものの性質がそもそも持続するものではないからだろう。2021/08/16