出版社内容情報
タ テ タ テという音がなったが、
人が戻った音でも 雨粒が落ちた音でもなく、
参列にきた狐が(意味も分からず)
狸の背をたたいているのである
(「柳田國男の死」)
幽明の、生物の、時空の境をこえ、詩想を自在に羽ばたかせる。2016年度現代詩手帖賞詩人による、待望の第1詩集。
マーサ・ナカムラ[マーサ ナカムラ]
著・文・その他
内容説明
幽明の、生物の、時空の境をこえ、詩想を自在に羽ばたかせる。颯爽と紡ぎだす、現代の民話20篇!第54回現代詩手帖賞。
目次
犬のフーツク
柳田國男の死
おわかれ
遠い山
発見
背で倒す
石橋
丑年
貝の口
鮒わたし
速度
湯葉
大みそかに映画をみる
柳瀬川
会社員は光を飲みこむ
許須野鯉之餌遣り(ゆるすのこいのえさやり)
おふとん
青々と続く通せんぼ
筑波山口のひとり相撲
東京オリンピックの開催とイナゴの成仏
1 ~ 1件/全1件
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
SIGERU
36
開巻の詩『犬のフーツク』を読むと、マーサ・ナカムラが、まだ若い詩人であることを忘れてしまう。太平洋戦争末期、疎開先での奇妙な出来事を、まるで自分の体験のように語る(騙る)詩法は、彼女の独壇場だ。民話に材を採った散文詩集の体だが、鄙びた情調などにはおよそ無縁。漬け物石ほどの小さなお爺さんや人語を解する犬が、当然のように出現し、わたしに語りかけてくる。巻が進むほどに、空間軸や時間軸がどんどん捩じれていくさまは、むしろ痛快。疾走感をもたらす風が感じられ、心地よい。2022/06/12
hiroizm
16
中原中也賞、萩原朔太郎賞を受賞するなど日本詩人界気鋭の若手と聞いて読書。日本自由詩超入門者のため読み取れないところもあったが、丁寧に片付けられた和室のような端正な文と日本民話をモチーフにしたシュールな世界観は見事。肉体的死の後も霊魂は存在し、現生になんらかの力を与えることができる、そんな日本の信仰についていろいろ考えさせられた。「大みそかに映画をみる」「東京オリンピックとイナゴの成仏」が好みの味。詩は深い。2020/11/13
しゅん
16
詩集だが、童話を読んでるような気分になる。物語散文の中で過去と未来、あるいは生と死が一瞬で交差する。「一九四四年の六月」という具体的な設定の後で犬が昔話を読み聞かせるという非現実的な描写が現れるときの揺らぎ。「東京オリンピックの開催とイナゴの成仏」という詩が特に印象深い。「二〇一三年に八才だった祖父」がオリンピック開催が決まった日にイナゴの群れを見る話は、言葉の反復とナラティブの設定の効果によってか、読んでいて体がうねるような感覚を覚えた。入れ子構造にあらゆるものがひっくり返るから「狸の匣」なのかな。2019/01/05
三柴ゆよし
14
異族や死者、鳥獣虫魚との交流が語られる箱庭のような世界。狸や天狗といった昔話的イメージを多用しているため、どこかほのぼのとした印象を受けもするが、意外にもそこでは家族の死、不倫、戦争といった生臭い事柄が描かれている。「犬のフーツク」「柳田國男の死」「おわかれ」「石橋」など、前半部の作が特に気に入った。2020/01/05
チェアー
12
死と生が無境界であること。戦争は続いているということ。生き物には言葉があること。それらはいまここの目の前にあること。最後の作品の「東京オリンピックの開催とイナゴの成仏」がいい。2018/04/19