出版社内容情報
17世紀が輩出したデカルトやベイコンらの思想潮流で生まれた「経験の学知」の系譜にその神秘思想を位置づける、画期的な論考。▼現前の体験を超え、赤裸な信仰へ
▼これまでの神秘主義理解を刷新する力作!
本書の主人公イエズス会士ジャン=ジョゼフ・スュラン(Jean-Joseph Surin, 1600-1665)は、
祓魔師(エクソシスト)として派遣された〈ルダンの悪魔憑き事件〉において悪魔に憑かれた神父として知られる。彼は、この事件を発端に、15年以上にも及ぶ心身の危機的状況を通じて、その身に数々の超常の体験を被った。
それは、近代以降の神秘主義理解において、まさに神秘主義の究極目的とされてきた〈神の現前〉への直接参与を可能にした、特権的な〈現前の体験〉であった。
しかし、ついにこの魂の暗夜を潜り抜け、絶望の深淵から生還したスュランは、晩年、出生地ボルドー近郊の農村地帯を中心に、宣教と司牧活動に奔走することとなる。
市井のキリスト教信徒たちと過ごすなか、彼がその波乱に満ちた人生の果てに辿り着いたのは、すべてのキリスト教信徒に共通の、すなわち一切の超常の体験を拭い去った、純粋な信仰(foi pure)、赤裸な信仰(foi nue)の境地であった。
本書では、キリスト教霊性の黄金時代と目される17世紀フランスのなかでも、最大の神秘家として近年注目を集めるスュランのテクストを、「語りえぬもの」をそれでもなお語ろうとした神秘家の言葉として、あるいは「信への呼びかけ」を発する「証言」として、リクールやレヴィナス、セルトーなど、現代思想の知見にも学びつつ、精緻かつ大胆に読み解く。
また、デカルトやパスカルが輩出した17世紀フランスに「経験の学知」として登場した神秘主義(ラ・ミスティク)の展開を、大航海時代や科学革命がもたらした信と知の地殻変動にも照らし合わせ、転換期西欧に固有の歴史的現象としてダイナミックに捉える。
同時代における十字架のヨハネの影響や、世紀末のキエティスム論争をめぐっても、
新たな宗教史的発見が説得的に提示される。
中世と近代のはざまの時代を駆け抜けたスュランという神秘家の、劇的な魂の道程を
たどりなおすことで、従来の神秘主義理解を刷新し、宗教哲学・思想研究の水準を一段押し上げる野心的論考。
はじめに
<b>序章 一七世紀フランス神秘主義とジャン=ジョゼフ・スュラン</b>
1 一七世紀フランス ―― 近代化と霊性の興隆
2 ジャン=ジョゼフ・スュランの生涯
3 神秘主義とは何か ―― 本書の問いとその射程
4 スュランの読み方 ―― 神秘家の言葉を解釈するということ
5 先行研究批判と本書の主題
<b>第?部 近世神秘主義の地平</b>
<b>第1章 「経験の学知」? la science exp?rimentale ?</b>
1 中世末期における神秘主義の自立化
―― ジェルソン『神秘神学』をめぐって
2 近世における経験 / 体験概念の新たな構成
3 近世神秘主義のパラドクス
4 スュランへ
<b>第2章 名もなき証言者たちとの呼応</b>
1 一七世紀フランスにおける俗人神秘家の台頭
2 スュランと名もなき神秘家たち
3 信仰の地平
<b>第?部 論争を超えて</b>
<b>第3章 スュランと反神秘主義</b>
1 「戦う神秘家」とその陥穽
2 反神秘主義との闘争
3 闘争の果て ―― スュランの「願望」のゆくえ
4 陥穽を超えて ―― 「宣教神秘家」スュラン
<b>第4章 純粋な愛と純粋な信仰 ―― 魂の「暗夜」の解釈をめぐって</b>
1 反神秘主義と「暗夜」の教説
2 フェヌロンにおける「純粋な愛」の教説とその隘路
3 純粋な愛と隣人愛
4 純粋な愛の教説を超えて
<b>第?部 現前と不在の彼方</b>
<b>第5章 信仰への回帰</b>
1 時のはざまで
2 新たなる現在、新たなる現前
3 地を這う神秘家
4 信仰の言葉 ―― その諸相
5 「私たち」の信仰
<b>第6章 永遠の城外区にて</b>
1 ジャンヌとスュラン
2 彼方へ ―― スュランのエクリチュールをめぐって
3 信仰の平安
結 論
補 遺 スュランのテクストについて
あとがき
参考文献
索 引
事項索引
聖書からの引用
スュランの著作からの引用
人名・著作名索引
渡辺 優[ワタナベ ユウ]
渡辺 優
1981年静岡県生まれ。天理大学人間学部宗教学科講師。東京大学文学部卒業,東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了,博士(文学)。2011?2013年,フランス政府給費留学生としてパリ・イエズス会神学部(Centre S?vres),社会科学高等研究院(EHESS)に留学。2014年4月より現職。専門は宗教学,とくに近世西欧神秘主義研究,現代神学・教学研究。訳書に,『キリスト教の歴史 ―― 現代をよりよく理解するために』(共訳,藤原書店,2010年),論文に「もうひとつのエクスタシー ―― 「神秘主義」再考のために」(『ロザリウム・ミュスティクム:女性神秘思想研究』第1号,2013年),「教祖の身体 ―― 中山みき考」(『共生学』第10号,2015年)など。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
松本直哉