内容説明
玉緒が就職のために村を発つ前日、父の発案で撮った家族写真。半年後、帰郷した彼女は写真館に飾られた写真を前に「遅くなってごめんなさい」と呟く(「家族写真」)。断食で衰弱したガンディーの口から漏れた言葉は、幼き頃に別れた息子の名前だった(「わが胸のマハトマ」)ほか、美しく華麗な短篇七本に加え、文庫版「あとがき」を収録。
著者等紹介
辻原登[ツジハラノボル]
1945年生まれ。85年「犬かけて」でデビュー。90年「村の名前」で第103回芥川龍之介賞を受賞。98年『飛べ麒麟』で第50回読売文学賞、2000年『遊動亭円木』で第36回谷崎潤一郎賞、05年「枯葉の中の青い炎」で第31回川端康成文学賞、06年『花はさくら木』で第33回大佛次郎賞、10年『許されざる者』で第51回毎日芸術賞を受賞。著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
メタボン
35
☆☆☆☆ 上質な幻想文学作品の数々を堪能した。1泊2日の研修旅行のはずがカルト教団的な堂々巡りの空間にはまり込む「松籟」。上から目線の言葉が知らないうちに決定的に相手を傷つけている「塩山再訪(既読)」。まるで言霊が父を死に追いやったかのような「家族写真」。二人の男の毒飲死亡事件追求から、白昼夢の予感、老婆の焚火へと至るホラー的な「谷間」。歯医者の指を思い切り噛む「光線の感じ」。大雪山の男女の遭難死のミステリーが憑依したかのような「緑色の経験」。ガンジー暗殺を巡る幻想「わが胸のマハトマ」。2021/02/12
安南
30
初期の作品とは思えないほどの手練れっぷり。「家族写真」「塩山再訪」などはシンプルで読みやすく初辻原にもオススメ。『わが胸のマハトマ』辻原作品にはお馴染みの「父を看取る話」の変種か。回廊を上に下へと時空を超えて駆け巡る様は眩暈がしそうな恍惚感。『谷間』不可解な心中事件のモチーフは「マノンの肉体」で読んだものと同じだが、後半水源を遡るシーンには痺れた。こんな白昼夢を見せてくれるのは辻原のおじさんだけだよ!あとがきで、いかがわしさを自称していますが、そんなこと、読者は先刻承知しているのでは。2013/11/02
翔亀
29
テーマもスタイルも異なる7つの短編。敢えて通底する何かを探すのはやめにしよう。それぞれ異彩を放ちながら、どれもが思わぬところへ連れていかされる。例えば「塩山再訪」では、妻に自殺された男が付き合い始めた恋人を、無意識のうちに小学生を過ごした塩山に30年ぶりに連れていく。彼にとって唯一の栄光の時代。二人で故郷を歩きながら、一回だけ仲間はずれにされた理由に思い当たる。友達に投げてしまった何気ない尊大な言葉のせいだった。その同じ尊大な言葉が妻を自殺に追いやった。その時空を超えて鮮やかな暗転による描写。陶酔した。2014/07/16
りー
21
辻原作品をいくつか読んでいるならば、もはやお馴染みのマジックリアリズム短編集。どこか悪夢の様な不快感も相変わらず良い。見知った場所が舞台になっている物語が多く、個人的にはたいへん満足な一冊だった。我が地元横浜市は保土ヶ谷区が舞台の「谷間」は愛着もひとしお。それ!うちから徒歩5分くらいのとこ!とひとり興奮した。しかし一番の傑作は筒井康隆を思わせる「松籟」。不条理モノであるのにこのどうしようもないノスタルジーは何か。多分これも辻原が折に触れて口にするサウダーデというやつなのだろう。2013/08/08
S.Mori
13
こういう小説を読むと現実はいくつもあるのではないかと思ってしまいます。玉ねぎのような現実があって、人間はその上っ面の部分だけ見て何とか生活しているのかもしれません。例えば表題作の「家族写真」は家族で写真を撮るという微笑ましい行為が、人間のどうしようもない業を浮かび上がらせます。死んだはずの父親の声が聞こえてくるのですが、その優しい声は娘の背徳的な行為で打ち消されてしまいます。背筋が寒くなりますが、人間はこういう面もあると納得しました。2020/03/25