内容説明
『ユリシーズ』『特性のない男』などとともに20世紀前半を代表する前衛文学の記念碑的巨編、奇蹟の復活。1920年代、刑務所から出所した男がベルリンの底辺を彷徨する―都市と人間のたたかいを実験的手法を駆使しつつ、壮大なポリフォニーとして描き出す、近年、再評価の声が高いデーブリーンの代表作。
著者等紹介
デーブリーン,アルフレート[デーブリーン,アルフレート][D¨oblin,Alfred]
1878‐1957年。シュテッティンでユダヤ人の両親のもとにうまれる。ギムナジウム在学中の1896年に最初の散文作品を執筆する。大学で医学を専攻した後、精神病院勤務を経てベルリンで開業、医者をしながら小説の執筆を続ける。表現主義にかかわって後、一時的に左翼思想にも接近、33年にチューリヒ経由でパリに亡命、さらに40年にはアメリカへと逃れ、終戦まで主にハリウッドで亡命生活を続ける。1941年にカトリックに改宗。近年、世界的に再評価の動きが強い
早崎守俊[ハヤサキモリトシ]
1926年生まれ。名古屋大学名誉教授、名古屋外国語大学講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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NAO
69
第一次世界大戦に敗れたドイツ、不況にあえぐ首都ベルリンは大きな変化の中、あちらこちらで工事が行われ、喧騒の中、どこか殺伐とした気配を漂わせている。市民たちの一部は共産主義に傾き、また別の者たちは台頭しつつあるナチスに心をひかれている。小悪党フランツの物語であるこの作品は、この時代の退廃的な雰囲気を漂わせているベルリンの物語でもある。第4巻の屠殺場の風景が描かれているが、この屠殺場へ運び込まれてきた家畜たちを、貧困にあえぎ死へと一直線に進んでいるベルリン市民の姿そのものだと暗示する作者の見方に衝撃を受けた。2018/03/17
syaori
45
舞台はナチスの台頭と世界恐慌を控える1928-29年のベルリン。主人公は刑期を終えたばかりのフランツ・ビーバーコフ。物語の最初と最後にフランツが市電に乗ってアレクサンダー広場に至る場面が繰り返されるのですが、最初に予告されていることとはいえ最初と最後で彼は何と「かわりはて」ていることか!「ハンマーの一撃」が繰り返された後に彼が得たもの、それは分かるようで分からないのですが、打ちのめされた彼のほうが、最初まっとうに生きようとしていた彼よりも広場に、世界に馴染んでいるように感じて安心も感動もしたのでした。 2017/01/24
ヘラジカ
32
前半は悪夢そのもの。ぶっ通しで読み続けるのにマゾスティックな喜びを感じた程である。しかし、この混沌の大海原で漂うのに慣れる頃、つまり半分を過ぎた辺りからは本当に凄い。猛烈に打ちのめされた。ただし、頻繁に唸りながら読み続けてはいたものの、自分が凄いと思ったところが本当に凄いのかどうかは最後まで全く確信が持てなかった。この本に関してただ一つ確かだと言えるのは、自分がこの作品の文字を全て追い、最後のページまで辿り着き、その結果持病の顎関節症が悪化したということである。2016/02/15
三柴ゆよし
19
疲れた。とにかくこちらを向いてくれない小説で、言葉の通じない異国の雑踏に放り出されたような感覚を終始味わった。フランツ・ビーバーコフという一応の主人公に焦点を合わせた場合、旧約聖書を下敷きとしたビルドゥングス・ロマンとして読めるのだが、その間隙を縫って叙述される膨大な情報群(歌曲、新聞記事、広告、法文書、天気予報、演説、洒落、地口……etc)が本筋に絡むようで絶妙に絡んでゆかず、にもかかわらず最後には奇妙な清々しさが待ち受けている。ぶっちゃけ、個人的にはピンチョンのほうが全然読みやすかったっす……。2021/01/10
春ドーナツ
18
本編535頁。扉を開ける。カランコロンと鈴が鳴る。二段組。そういうものだ。暗雲垂れる(読了不安の暗喩)。推定1kg。寝ころび読書は無理だろう。久しぶりにメルヴィルの「白鯨」やピンチョンの「重力の虹」みたいな小説と対峙する。喫茶店で2時間粘って60頁相当のペース配分。「人間はできることをするのだ。家には子どもがいる、がつがつしている口、鳥のくちばし、ぱちんと開いて、ぱちんと閉じて、ぱちんと開いて、ぱちんと閉じて、開いて、閉じて、あけ閉め、あけ閉め」(147頁) ジョイスの小説? 否、これがドイツ表現主義だ!2018/10/29