内容説明
小説家はなりたくてなれるものではない―。小説の原理を追究した長篇評論「小説とは何か」を中心に、「私の小説の方法」「わが創作方法」など、自ら実践する作方を大胆に披瀝した諸篇を収める。作家を志す人々に贈る、三島由紀夫による小説指南の書。待望の文庫化。
目次
作家を志す人々の為に
1(小説とは何か)
2(私の小説の方法;わが創作方法;小説の技巧について;法律と文学;私の小説作法;法学士と小説;法律と餅焼き)
3(私の文学;自己改造の試み;「われら」からの遁走)
著者等紹介
三島由紀夫[ミシマユキオ]
1925(大正14)年東京に生まれる。本名、平岡公威。学習院高等科を経て東京帝国大学法律学科を卒業。在学中の44(昭和19)年に処女創作集『花ざかりの森』を刊行。戦後47年に大蔵省に入り翌年退官。49年に刊行した『仮面の告白』で名声を確立し、以後、文筆活動に専念する。『潮騒』にて新潮社文学賞、『白蟻の巣』にて岸田国士演劇賞、『金閣寺』にて読売文学賞、『絹と明察』にて毎日芸術賞、『サド公爵夫人』にて芸術祭賞などを受賞した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
優希
92
三島の小説へ向かう姿と覚悟が伺えました。小説を書くことになると、その方向をきっちり決めて、精密にプロット通りに進むことができないと自由な発想ができないというのはある意味締め付けのような気もしますが、それがある故の三島文学なのでしょう。自分の予想できる中に身を置き、情景が与えられればスケッチを取ることで生まれる文学が美しい世界を感じさせるものだと知らされたような気がします。三島の小説指南は、自分への小説の課題でもあるように思いました。改めて三島由紀夫を知った1冊でした。2016/11/21
えりか
58
三島の小説への向き合い方がわかる一冊だった。「最後の一行」が決まらないと書き出せない三島。小説を書くとき方向と目的をきっちり決め、そこにいたる道筋を精密に決めてからでなくては、心が自由にならないという三島。旅行においても全てきっちり計画し一切の予期せぬ事態(幸も不幸も)は排除しておく三島。文章スケッチを様々なところで行う三島。これが繊細で美しい情景描写の所以なのだろう。三島の小説の書き方(方法的努力)が載っている「わが創作方法」と、三島の17年間の文章の変化がわかる「自己改造の試み」が面白かった。2016/11/18
馨
50
三島由紀夫のエッセイ。面白かったです。小説とは?小説家とは?小説家になるには?文体とは?読書家とは?小説を作ること、文学をやっていくことの彼の持論は、驚愕し笑え、納得したりしました。意外だったのは三島由紀夫が森鴎外を褒めまくり、自分の文体にも大いに影響を受けてきたということでした。また、このエッセイが三島由紀夫の最後の長編4部作を製作中に書かれていたこともあり、あの4部作を書いたら彼は死んでしまうのだな、と思わせるようなフレーズがちらほら(本人はまだ決断していないかもしれません)ありました。2017/09/02
まりお
43
「法律と文学」「私の小説作法」「法学士と小説」がお気に入り。刑事訴訟は証拠追及の手続、論理の進行である。これを小説を書くときに、主に仮の主題から完成品を創るときに使う。論理的に書く方がやりやすい、と面白い話が読めた。2017/03/17
優希
39
再読です。三島の小説家である姿と覚悟が伺えました。小説を書くということは書きたくて書くわけではない、つまり小説家はなりたくてなるものではないのです。三島にとって小説を書くということは、精密なプロットを立てないと自由な発想ができないということにつながります。情景が与えられないと絵が描けないと言えば分かりやすいですね。三島の小説指南は、自らの真髄であるとも感じました。改めて三島という作家を知った気分です。2023/12/08