出版社内容情報
ロンドン海軍軍縮条約をきっかけに、政党政治を憂えた海軍青年将校、民間右翼らが起こした五・一五事件。首相暗殺、内大臣邸・警視庁を襲撃、変電所爆破による「帝都暗黒化」も目論んだ。本書は、大川周明、北一輝、橘孝三郎、井上日召ら国家主義者と結合した青年将校らが、天皇親政の「昭和維新」を唱え、兇行に走った軌跡を描く。事件後、政党内閣は崩壊し軍部が台頭。実行犯の減刑嘆願に国民は熱狂する。昭和戦前の最大の分岐点。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ばたやん@かみがた
98
著者も指摘している様に、二・二六と比べて影の薄い五・一五事件。フィクションについては、乏しい知識の範囲の中でですが、高橋和巳氏が『邪宗門』で取り上げていた事しか思い出せません。しかしこの事件以降、政党が内閣を組閣することは無くなる等、戦争へ向けての道の確実に1つの曲がり角であったことは間違いない所です。著者は先述の犬養内閣が戦前最後の政党内閣となった理由や、事件の加害者を英雄視して減刑嘆願運動が起こったその背景などを、史料を読み解き探っていきます。(1/7)2020/09/21
trazom
87
五・一五事件そのものが、計画も行動も余りにも稚拙であるだけに、事件の背景と、事件後の社会の受容の仕方に考察の重点がある。ロンドン海軍軍縮会議への不満と同じくらい、腐敗に塗れた政党政治への鬱憤が溜っていた背景の中で、「国策がなく党益優先の政党より、危険ではあるが国策のある軍部」という選択を正当化してしまう危険性は、現代にも通じるものがある。また、事件後、実行犯たちへの同情論が噴出し「赤穂義士」に擬えて減刑嘆願運動が高揚しているが、「愛国心」の一言が全てを洗浄してしまう世相は、これまた、現代への警鐘でもある。2020/07/24
skunk_c
71
事件の計画段階、裁判と減刑嘆願、実行者の出獄後などを丹念に記述した労作。事件直前に戦死した中心人物の動きや考えと、その核を失った実行者たちの揺らぎなどは、単に「計画性が乏しい」で片付けられていたことの多い事件の真相に迫っている。また、軽い刑罰の背後に陸海軍の事情があったこと、特に海軍では条約派と艦隊派の争いと関連があったことなどが明らかにされている。また特に三上卓の出獄後の活動はある意味驚くべき内容だった。ただ、北一輝の政治的活動が、実行者への伝聞なのか事実なのかが判然としない記述などもあり、注意は必要。2020/05/02
パトラッシュ
65
五一五事件の犬養首相暗殺で戦前の政党政治が幕を下ろした理由を、本書は「昭和天皇の希望」と見る。党益優先の政党と統制を無視する軍部に悩んでいた天皇は政党を信頼できず、元老西園寺に政党内閣断絶を示唆したとするのだ。しかし後継内閣は現状維持に汲々とするだけで、二二六事件で爆発するまでの先延ばしでしかなかった。大きな社会的変化に対応できない日本の政治体制が機能不全を起こした結果、変革のため強力な指導者を渇望する空気が広まっていく。その姿はポピュリズムが蔓延する現代にも通じる民主主義政治の欠陥を浮き彫りにしている。2020/08/11
南北
59
犬養首相銃撃事件を中心とした詳細な全容とその後の裁判、事件直後の報道管制解除の後に国民の間に起こった実行犯に対する共感、さらにはこの事件をきっかけとして政党政治が幕を閉じることになった経緯が語られている。銃撃した当人が「首相個人に対する恨みは毛頭ない」と語ったことや政党政治を終わらせた背景に昭和天皇の意向があったことには驚いたが、読み応えのある本だった。二・二六事件についても中公新書から出ているので、読んでみようと思う。2023/06/01