出版社内容情報
『ことり』につぐ7年ぶりの書き下ろし長編。小さなガラスの箱には亡くなった子どもの魂が、ひっそり生きて成長している。箱の番人、息子を失くした従姉、歌声でしか会話できないバリトンさん、竪琴をつくる歯科医……「おくりびと」たちの喪失世界を静謐に愛おしく描く傑作。
内容説明
小箱の番人、歌でしか会話ができないバリトンさん、息子を失った従姉、遺髪で竪琴の弦をつくる元美容師…「おくりびと」たちは、孤独のさらに奥深くで冥福を祈っている。『ことり』以来7年ぶりの書下ろし長編小説。
著者等紹介
小川洋子[オガワヨウコ]
1962年、岡山県生まれ。早稲田大学文学部卒業。88年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞、91年「妊娠カレンダー」で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、06年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、12年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
621
小川洋子らしいなんとも静謐な小説だ。後ろ向きの世界観もまた。この静かな町の廃園となった幼稚園が物語の核となる舞台だ。園のそれぞれの部屋の随所には、かつて子どもたちで賑わっていた痕跡が残されている。しかも、それは今もまだ半ば生き続けてもいる。講堂には幼くして逝ってしまった死児たちの形見を収めたガラスの小箱がたくさん安置されている。この物語はかつての死の一点に遡行する過去の物語でありながら、そこから幻の遺影として伸長してくる時間の物語である。死児の髪の毛を弦として作られた琴は、あまりにもかそけく響くのだろう。2020/04/13
starbro
372
小川 洋子は、新作中心に読んでいる作家です。200頁程の小品ですが、小川 洋子ワールドが堪能できます。カマキリを奇形させようと小箱に閉じ込め見殺しにしてしまう子供たちの無邪気な残酷さが心に突き刺さりました。纏足の世界観を小説化したような読後観です。2019/10/29
ろくせい@やまもとかねよし
360
強く想像力を刺激する表現に満ちていた。現実味を実感できない不可思議さが先立つが、それは全く嫌味がなく逆に清々しい余韻を感じさせた。登場する人物は人間のようである。登場する舞台や道具は亡き子どもたちにまつわるようである。そして、彼らは亡き子どもたちの死を悼んでいるようである。彼ら個々の意識は、それぞれが紡いできた経験や感情から成り立つ。それを尊ぶかのように、それぞれの「思慮深さ」は、決してそれぞれの人間意識を言葉や文字で表現できないと促す。人間は多様である。その多様な意識は孤独で切ないが尊敬すべきと表すか。2019/11/14
さてさて
314
『彼らは「過去」ではなく「未来」を納めているんですよね。そういう発想ができるのも親の愛のなせるわざ』とおっしゃる小川さん。そんな小川さんがこの作品で描いたのは、読者に極めてイメージのしにくい摩訶不思議な世界の中に生きる人々の淡々とした日常でした。そんな淡々と静かに描写される世界の中にガラスの小箱という唯一、『「過去」ではなく「未来」』を見つめる親の愛のぬくもりが象徴的に登場するこの作品。入り込みにくいと感じた作品世界が、読後、深く心に刻まれるのを感じた、これぞ”小川ワールド!”という魅力満載な作品でした。2021/08/30
旅するランナー
229
「図書館の本はいいわ。来ては去り、来ては去りで留まらないから。目に見えないものを、ほんの少し残すだけ。図々しくないの。とっても控えめ」と従姉は言う。この小説も、とっても控えめ。でも、静寂の塊の奥から、深く深く染み込んでくる。心の空洞を埋めるための、静謐で不思議な習慣を続ける大人たち。一人一人の音楽会や、死んだ子どもが成長するためのガラス箱は、縮小する地図をささやかでも押し広げてくれるだろうか。バリトンさんの歌声に包まれながら静穏な異空間を味わう、ひとときになりました。2019/11/18