出版社内容情報
「生ひ立ちの記」は著者が一婦人に宛てて幼時の生活を追想して書かれたもの.育くまれた木曾の自然を語り,古き東京を語り,忘れがたき人びとと,少年の経験とを語る.行文流麗,楽しく語る中にも何ものかを読者に示唆する.「芽生」は著者が処女作「破戒」を発表し文壇に大きな反響をまきおこした当時の生活記録.
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
壱萬弐仟縁
9
自分史。朴葉飯(17頁)。「私の故郷の方の言葉では大きいといふことを三段に形容することができます。『でかい』、『どでかい』、『すてでかい』といふ風に」(80頁)。皆様がお住まいの地域ではいかがであろうか? 私は藤村の木曽地域とは離れるが、どでかい、は言う。浅間の麓、小諸で田舎教師をしていた彼は、貧しいながらもわずかの家賃にして5間の部屋、桜、柿、杏、リンゴなどの果樹が植えてある庭を借り、他の畑も借りて、馬鈴薯、大根、豆、葱もつくった(109頁)。家庭菜園の宮沢賢治のような感じも受ける藤村の教師、文人人生。2014/01/23
さゆき
7
表題作「生い立ちの記」よりも、「芽生」の後味が残る。医学の発達していない昔は、消化不良で子どもが死ぬこともあったということに驚く。娘が一人死に、二人死に、その描き方があまりにも淡々としているから、なんて命の軽い時代だったのだろうと思った。けれど、最後の娘を亡くす時の描写で、これは作者なりの強がりだったのだとわかる。芽生を取ったら親木が枯れたというたとえがあまりにも生々しくてぞっとしてしまう。2022/01/05
新田新一
6
島崎藤村の二つの作品が収録されています。「生ひ立ちの記」は自分の幼年時代を描いた作品です。この作品では生まれ故郷である信州と、その後姉のもとで暮らした東京の対比が鮮やかに描かれています。田舎と都会の両方で暮らした経験は、後の創作活動にも影響を与えたでしょう。『若菜宗』のような瑞々しい情感を感じる筆致に、心が洗われました。「芽生」には、自分の子供を次々と亡くした経験が描かれています。痛ましい経験であり、読んでいると胸が苦しくなりました。抑制された文章でありながら、深い悲しみが行間から伝わってきます。2023/07/23
ピンガペンギン
3
藤村の父(「夜明け前」の主人公半蔵のモデル)の描写が印象的だった。「夜明け前」は長い時間かけて読了したので半蔵さんを身近に感じていたし、ほとんど知人のような気がするから。奇行が多い人だった、とあり、お土産に持っていった先の家で、お盆を借りて土産のみかんを載せてつかつかと進んで仏壇にお供えした、とか。藤村は父親に早く田舎に戻ってほしいと思った、と正直に書いている。また万引きしたことなども書いていた。考えたらその真正直なところが父親ゆずりだし、父の教え(P51「行ひは必ず篤実」)のせいもあるだろう。2022/04/03
champclair´69
2
#読了 少年の頃の想い出と、父親となった現在のわが子とやり取りする姿を織り混ぜながら、ある女性に宛てた手紙の形で綴られる。この女性が誰なのかは最後に明らかになる。 『春』『家』に続き『桜の実の熟する時』へ繋がる自伝的作品であるが、この頃藤村は出産と引き換えに妻が命を失い、四人の子を抱えて筆一本で食っていかねばならない辛い時期だったようだ(しかも以前に三人の娘を続けて亡くしている)。 辛い現実と相対した時、いつの時代も人の心に去来するのは、懐かしい故郷や人々や暮らしの光景なのであろうか。 2022/06/13