出版社内容情報
自由=〈私〉と公共性=〈公〉は背反するのか。自由が公共性を拓く可能性と、自由をもたらす秩序の両面を考えるべきではないか。「異論」の公共性、プライバシー権、憲法九条、福祉国家、暴力とリスク等の論点から探る。
内容説明
通常、「自由」と「公共性」は対立するものとされる。この場合、自由とは「他者ではない、私自身が自由であること」を意味し、それに対して、公共性とは「私以外のものの公共性」、つまり国家や社会、共同体の公共性を前提にしてきたはずである。しかし、自由=“私”、公共=“公”という構図は一面的である。自由が公共性を拓く可能性と、逆に、自由を可能にする秩序とはどのようなものかという両面から考えるべきではないだろうか。異論の公共性、自由「濫用」の許容性と「たたかう民主制」、プライバシー権、憲法九条、政治過程とデモクラシー、福祉国家、暴力とリスク等の論点からアプローチする。
目次
対論 自由が/自由を可能にする秩序
1 考察―自由が可能にする秩序とは(異論の窮境と異論の公共性;自由「濫用」の許容性について)
2 問題状況―公共性をめぐる問題の諸相(プライバシー権とは何のための権利なのか;憲法九条と自由;政治過程における自由と公共)
3 構想―自由を可能にする秩序へ(福祉国家の公序―日本国憲法は「最低限度の生活」しか保障しないのか;暴力・リスク・公共圏―国家の暴力/社会の暴力と折り合うための技法)
著者等紹介
阪口正二郎[サカグチショウジロウ]
1960年生まれ。一橋大学大学院法学研究科教授。憲法、比較憲法(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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