小説から遠く離れて

小説から遠く離れて

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  • サイズ B6判/ページ数 305p/高さ 20X14cm
  • 商品コード 9784537049817
  • NDC分類 910.26
  • Cコード C0095

内容説明

村上春樹、井上ひさし、丸谷才一、村上龍、大江健三郎、中上健次などの代表作に説話論的な還元を施しつつ、本書自らが限りなく「小説的」たらんとする画期的な長篇評論。

目次

世紀末的な恍惚に導かれて
権力が委譲されるとき
推理と冒険
同じであることの誘惑
双生児の誕生
類似の裏切り
創造主と被造物
試練と神託
過失と告白
完璧な捨子を求めて
継承と反復
小説の無根拠な生成
分身と激励
神話的三角形の世界
王者の孤独
起源なき生誕
装置と形式
長篇小説の新たな定義に向けて
もう一つの風俗小説論
中継点としての長篇小説

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

しゅん

15
村上春樹『羊をめぐる冒険』、井上ひさし『吉里吉里人』などの小説に「依頼された宝探し」という同一の物語構造が見られることを論じていく蓮實の文は、テマティスム的批評から最も遠く離れたところを進む。あえて小説的ではない「物語」を取り出すことで、荒唐無稽に暴れる言葉の運動としての小説を擁護するという逆説的な戦略が取られているのが本著のなによりの特徴的だろう。ギリシャ以来の西洋的根拠を欠いているという意味での小説の「捨子」性が、中上健次、大江健三郎の小説に現れる捨子と衝突することでドライヴしていく後半の展開が快感。2017/08/25

梟をめぐる読書

13
90年を目前にしたある時期、なぜ日本の小説家たちは一定の型を備えた「宝探し」の物語を作ることに狂奔したのか。今では村上春樹批判の書として参照されてしまうことも多い一冊だが、実際には物語批判という地点を越えて、もっと大きな意味での「小説」の擁護へと向かおうとするもののように思えた。小説が「物語」であってはいけない理由、というか小説から「物語」を排除することこそが「小説」の必須の条件とするような評価軸はいまいち納得できないのだが、その後の村上春樹の展開や「小説」の状況を鑑みると不気味に予言的な書でもある。2014/07/11

潮見

5
「物語の型」からはみ出して「言葉の暴走」が起こるのが「小説」であり、その型に収まってしまうものは小説ではないという事らしい。蓮實さんの批評を読むのはほぼ初めてで、あとがきには「小説を擁護したい」と書いてあるがとても悲観的な見方をする人だなぁという印象。この本は20年以上前に書かれたもので、現在は当時の蓮實が危惧していた方向へまっすぐ進行しているにもかかわずそんなことはもう誰も話題にしていない。2013/03/20

mass34

4
蓮實重彦の延々と続くモノローグによる小説のようだった。蓮見先生の文体が好きかも。2015/11/19

NICK

3
文芸批評というよりは小説論という印象がした。小説は構造化できる物語とイコールでなくその逸脱である、というような論旨だったように思うのだが、これは自らに戒めるべきことだ。色んな小説創作指南本には、物語の作り方が載っているが、それによっては「小説」は書くことはできない。『枯木灘』の読み方が提示されていたのは嬉しい。物語への犯行としての小説だったとは!2010/12/12

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