出版社内容情報
実際の授業場面において、教師と子どもたちが共に教室をつくりあげていく様子を、二人の思想家の視座から鮮やかに読み解く。
教師を媒介者としていかに教室が躍動的な意味生成の場となっていくのかを描きだす。現象学者メルロ=ポンティの思想と、ワロンの「表象」の概念を紐解きつつ、理論と実践をつなぐ。近代の伝統的な一斉教育をのりこえ、教育を再構成する方策を探る。
関連書:村田陽子・友定啓子 『子どもの心を支える』(小社刊)
序章 意味生成の媒体としての教師
1 昼休みの隠れんぼ
2 『かさこじぞう』のテクスト空間
3 生活科の話し合い
第Ⅰ章 メルロ=ポンティの教育学講義
1 近代教育学への軌道修正の発議
2 教育はreaction
3 現象学的「児童心理学」と表裏一体の「教育学」
第Ⅱ章 「表象する力」と「私という意識」
1 鏡像理解
2 真似の領域
3 言語記号の獲得
第Ⅲ章 意味生成を共にするまなざし
1 出来事としての子ども理解
2 「対話」という出来事
終章 教室の生成──ある算数の授業を事例として
1 F教諭の算数の授業の独自性
2 出来事の展開
3 「表象」の共有
あとがき
参考文献
内容説明
子ども達との間に意味生成をともにする教室の生成を保証できればこそ、学校は存続し続ける価値をもつのではないか―出来事としての授業の原理をさぐる。
目次
序章 意味生成の媒体としての教師(昼休みの隠れんぼ;『かさこじぞう』のテクスト空間 ほか)
第1章 メルロ=ポンティの教育学講義(近代教育学への軌道修正の発議;教育はr´eaction ほか)
第2章 「表象する力」と「私という意識」(鏡像理解;真似の領域 ほか)
第3章 意味生成を共にするまなざし(出来事としての子ども理解;「対話」という出来事)
終章 教室の生成―ある算数の授業を事例として(F教諭の算数の授業の独自性;出来事の展開 ほか)
著者等紹介
西岡けいこ[ニシオカケイコ]
1955年山口県に生まれる。1978年筑波大学第一学群人文学類卒業。哲学専攻。1985年東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了。1991年筑波大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。香川大学教育学部教授
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柳田