出版社内容情報
酒国という都市で権力者たちが人肉料理を食べているという情報があり,検事丁鈎児が潜入する-.改革開放政策下の現代中国の矛盾と混乱をリアリズムとアレゴリーをおりまぜ描き,中国文学の新しい方向を示す傑作長篇.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
長谷川透
19
莫言の「酒国」と素人作家の李一斗の習作に往復書簡が挟み込んだ構成になっている。序盤は小説の企みこそ理解できるが、手法だけが先走っているように思えた。ところが二人の著者の書く小説がリアリズムの世界を脱線し、自らが書いている文章が虚構を越えた大嘘だと自ら宣言し始めた途端にこの小説は勢いづいてきた。壮大なる法螺吹き合戦の末に誕生した酒国、尿を混ぜた酒を焙る様に飲み、赤ん坊の肉に舌鼓を打つグロテスクな珍奇の王国。本当か、嘘か、いや本当か、彼らが嘘という言葉が次第に尤もらしく思えてくるから莫言ワールドは怖いのだよ。2013/11/01
りつこ
19
三重の物語が交錯する濃ゆい物語。フィクションがフィクションを踏みつけ追い越していく面白さ。ジャックの話が主軸かと思っていたら、途中からそれを書いている莫言も登場し、しかも莫言に一方的に小説を送り付けてくる院生の物語が凄みを増し、次第に物語を覆い尽くしていく。莫言が院生に「怒りを物語にそのままぶつけるな」「幻想のベールを忘れるな」とアドバイスするのが面白い。今まで読んだ莫言作品のなかで一番切実な物語だった。酒、食、女のパワーと醜悪さと美しさに、ジャックと同様クラクラ。貧乏人も金持ちも共にたくましい。恐るべし2012/11/06
白義
18
文章の端々から漂う香気が読者を妖しくもリアルな幻想空間に誘惑するポストモダン・アンチミステリー。検事ジャックは人肉事件を調査するもハードボイルド風な外面を容易くはがされ幻惑に満ちた魔都に取り込まれ、それを描く莫言と李一斗の往復書簡と共に語られる奇想に満ちた短編たちが森羅万象に宿る酒気を解き放ち、現実と非現実、文明と自然、人と人ならざるものの境界を溶かし混淆していく。この小説の中では現実の中国も幻想の異界も迷宮として一体をなし、その深みに読者を酔わせるのである2012/11/03
きゅー
16
別個の物語3篇が次第に入り乱れ、お互いを参照しあい、混乱が深まってゆくさまはあたかも酒に酔って酩酊した時に感じる浮遊感。本来であれば物語を牽引するはずのジャックが泥酔し、涙を流しながら失禁するという型破りな物語。作中に出てくる莫言の扱いが面白い。その自己言及の様子は、彼と同じくノーベル文学賞を受賞した高行健の作品に近いものを感じる。彼らは自身の芸術的使命と、中国における厳しい言論統制のなかで、似通ったスタイルへと収斂されたのだろうか。2012/11/04
やまぶどう
16
話題の莫言を読む。検事である主人公丁鈎児は幼児食肉事件を追うはずなのに酒宴と色欲に翻弄されっぱなし。そのうえ、物語に挿入される莫言と李一斗の書簡のやり取り、そして李一斗が書く挿入物語が入り乱れて、なかなか真相に辿りつけない不条理、大陸的スケールの馬鹿馬鹿しさと騒騒しさに、この壮大な風刺物語は混迷し、読者は幻惑される。そして私の頭の中は円卓を囲む酒宴の極彩色シーンと農村汚風景がぐるぐると。二日酔かもしれない。2012/10/25