今こそ!人文書宣言第17弾 「これまでの正義、これからの正義」
ロールズ『正義論 改訂版』の刊行を記念し、ブックフェアを開催いたします。川本隆史さん、仲正昌樹さん、中森明夫さんのお三方から、「これまでの正義、これからの正義」にかかわる必読の書をご推薦いただきました。読まずにおれなくなる、心躍るコメント付きです。これらがリアルに並ぶ空間へ、ぜひ一度、お立ち寄りくださいませ。
正義を論じた書物の森のなかへ――ブックフェアに寄せて
川本隆史(東京大学教員)
古今東西にわたって《正義》は、街角や酒場、夕餉の食卓、仕事や学業の合間などごくありふれた時とところにおいて、老若男女の分け隔てなく論じ合えるテーマだった。だがいつの頃からか日本語の「正義」は、勧善懲悪のドラマやアニメのヒーローを形容する以外、押しつけがましく正面切って使いづらい用語になり下がってしまったようだ。このあたりの事情を井上達夫は、現代日本社会で「正義」はいわば「被差別用語」の悲哀を味わっている、と言い当てた(『共生の作法』創文社、一九八六年、B頁)。
こうして《正義》は、プラトンにはじまる古典の釈義のかたちをとり、もっぱら大学の教室でほそぼそと語り継がれるのが関の山となりかけた。ところが2010年の4月、サンデルという「黒船来航」により、こうした閉塞状況は一気に打破され、「正義」とは何かを考え議論することの切実さと面白さが、多くの人びとに共有されるようになっている(かのように見受けられる)。
「白熱教室」ブームを一過性のものに終わらせるのはもったいない。この機を逃さず、「これまで」正義がどのように論じられてきたかをしっかりと振り返り、「これから」の正義のあり方・語り口を探り当てていこう――これが今回のブックフェアのねらいである。三人の選書リストは(もちろん事前に何の打ち合わせをしたわけでもないのに)ほとんど重複せず、見事な広がりを示している。正義論の《森》に足を踏み入れ、一冊一冊を手にとり、ページを開き、目についた一文(できれば一段落)だけでも立ち読みしていただきたい。すべてはそこから始まるだろう。
この私は、現代正義論の火付け役にしてその必読文献ともいうべきジョン・ロールズの『正義論』(初版1971年、改訂版1999年)の共訳者として、選書メンバーに加わった。訳書は大部で高価なものになっているけれども、他の作品群と並べられ、心ある人に目を通してもらえるだけでもうれしい。
『正義論』は社会制度のまともさ(正義)の構想を提出しているだけではなく、正義が実現されている社会において一人ひとりの人生がはたして幸せなものとなるのかという(これまたプラトン以来の)難問に取り組んでいる。こうしたロールズの問題意識は「訳者あとがき」で引用した詩(広島で被爆した女性の作品)の一節と決して無縁なものではない。
「子どもたちよ/あなたは知っているでしょう/正義ということを/正義とは/つるぎをぬくことでないことを/正義とは/あい≠セということを/正義とは/母さんをかなしまさないことだということを」(大平数子「慟哭」1955年発表より*)。
*この詩については、吉永小百合さんの朗読がある(CD『第二楽章』VICL-60050)。


